恐るべし、関節技!
鮫島先輩によって、はじめて関節技に目覚めた吾郎!
鮫島鉄兵・・・・年齢57歳、元プロレスラー、
身長、1メートル80センチ、体重95キロ、
プロレスの世界では『関節技職人』『仕事師』などの異名をとる、関節技の達人である。
だが、体重が軽いのと、あまりショーマンシップに向かない性格の為か、一つの団体にいるのを良しとせず、数団体を渡り歩いたのちに引退、現在では焼き鳥屋を営みながら、こうして時々、後輩である笠井が立ち上げた『キャッチレスリング同好会』に顔を出して、指導に当たっているという訳だ。
吾郎も、まだ自分でトレーニングをしていた頃、プロレス雑誌などで度々見かけていたが、まさかその鮫島が目の前にいて、しかも彼のスパーリングの相手をしてくれるなんて、驚きであった。
『吾郎、お前運がいいなぁ、鮫島先輩が全くの素人を相手にしてくれるなんて、殆どないことなんだぞ』
南雲がいつものシニカルな口調で言った。
『さあ、お前ら!無駄口聞いてる暇があったら練習だ!』
鮫島がパチンと一回手を叩くと、三人の先輩は、弾かれたように散り、支度を整えてマットに上がった。
その後が凄かった。
鮫島は三人と代わる代わるスパーリングを始めたのだが、まるで話にならなかった。何しろ、組んだと思うや、一瞬にして身体のどこかを極められてしまうか、マットに投げ飛ばされて抑え込まれ、身動きが取れないような状態にさせられてしまうのである。
馬力のある遠藤や、科学的な動きをする南雲、豪快な笠井でさえ、ものの一分もしないうちに、
『タップ(参った)』である。
しかも、だ。
それを何度も何度も繰り返しても、鮫島は息を切らせるどころか、汗一つかいていない。平然とした顔で楽しそうに続けている。
吾郎は目を見張った。
彼が相手にもならなかった先輩たちでさえ叶わないこの人・・・・・吾郎はますます、関節技の奥深さを知った。
勿論、吾郎ともスパーをしてくれたが、最初と同じである。
フォール、タップ、フォール、タップ・・・・その繰り返しだった。
ざっと2時間、もう三人はくたくたであったが、それでも先輩三人はまだ少しは身体を動かすだけの余裕があったものの、吾郎はもう、立ち上がる気力さえ無くしていた。
『なんだ。坊や、立てねぇか・・・・』
鮫島はいかにも、仕方ないな。という顔つきでストレッチまでこなすと、マットの上で仰向けになって洗い息をしている吾郎の顔を覗き込んだ。
『どうだ・・・・俺にやられちまって、辞めたくなったろ?』
やっと一息ついた吾郎は起き上がってかぶりを振った。
『へえ?』
『強がりはよせよ!』笠井が言った。
『そうそう、鮫さんの前ではウソはつけないぞ』スポーツドリンクを飲みながら、南雲が言う。
『もう明日から来たくなくなったろ?』遠藤がぼそりと他人事のように喋った。
『いいえ、ウソじゃありません。大好きになったんです』
それらの光景を、タオルで汗を拭きながら、鮫島はじっと見ていた。
『おい!どうだ。塩原!もういっちょ!』