練習・練習・また練習!
すっかり『キャッチ』のとりこになってしまった吾郎。そして毎日練習漬けの日々が始まった。
入部してすぐ、吾郎は笠井主将に、
『部室の鍵を自分に預けてくれませんか?』と、頼み込んだ。
『何故だ?』と不思議そうな顔をする笠井に、
『僕は1年ですから、最初に来て部室の掃除なんかをするのは当たり前です』と答えた。
笠井は少し変な顔をしたが、口の重い遠藤が、
『渡してやれよ。』と言ってくれ、南雲もそれに同意したので、笠井は鍵を渡してくれた。
実を言うと、吾郎の家は部員の中では一番学校から遠い。
路線バスを使っても、たっぷり30分はかかる。
当然ながらそんなに早く出てくる必要はないのだが、彼は一番に来たかったのだ。
(一番に部室に行って、一番沢山練習しよう)
彼は、そう心に決めていた。
朝練をやるためには、少なくとも普通よりは1時間は早く起きなければならない。
午前六時、家族はまだ寝ている。
初めは母を起こさないようにして、そのまま着替えを済ませると、何も食べずに家を出ていたのだが、そのうちに母も起きてきて、彼のために朝食を作ってくれるようになった。
手早く食事を済ませ、家を出る。雨の日には小遣いで買ったゴムの雨ガッパを着て、歩いて家を出る。
バスは絶対に使わない、そう決心したのだ。
部室に着くと、まず掃除と整頓をし、それからTシャツにスパッツに着替えて、トレーニングを始める。
準備運動、ストレッチからはじめ、後は腕立て伏せ(50回)、スクワット(100回)、ブリッジ、腹筋を、やはり100回づつ、
普通の人なら、確かに辛い。しかし彼は強くなりたいという一心で、中学の頃からこれらのメニューを続けてきたのである。
それが、キャッチに出会って、ますます拍車がかかったというわけだ。
この頃になると、先輩たちがやってくる。
最初はみんなあきれ顔だった。
しかし、そのうち、彼の熱心さが本物だと分かってきたようで、みんな彼と、ほぼ同じくらいの時間に表れて、朝練に付き合ってくれるようになってきた。
『スクワットは確かに足腰の鍛錬にはいいが、やり過ぎるなよ。却って膝を壊すぞ』(遠藤)
『バーベルやダンベルはあまり効果がないぞ。見せかけの筋肉と、闘える筋肉は違うんだからな』(笠井)
『トレーニングは頭を使ってやるもんだ。いや、正確にはトレーニングだけじゃない。これから先、いろんな技を覚えるようになってきたら、常に考えろよ。格闘技は頭だ』(南雲)
言葉は少ないが、先輩たちのアドヴァイスは無駄がなかった。
吾郎もそれに従って、毎日、毎日身体を鍛え続けた。
勉強は別に嫌いではなかったが、それ以上に、彼にとって道場は、なくてはならない場所になってきた。