吾郎の決意
さて、次はこの物語の主人公である塩原吾郎について述べておこう。
歳は16歳、元々スポーツはあまり得意な方ではなく、幼い頃から何一つやったことはなかった。
家族はサラリーマンで、現在地方に単身赴任中の父と、専業主婦の母、それから三歳年下の妹の四人家族である。
格別不満もない、ごく普通の家庭だと思っている。
その彼が城南高校に入学して早々、何故格闘技など始めようと思ったか、実はあるきっかけがあったのだ。
まだ中学生だった頃、体育の授業で柔道があった。
勉強は出来ても運動はダメだった彼は、この時間が苦痛で仕方がなかった。しかしだからといってやらないわけにはいかない。
吾郎のクラスに、一人、それほど目立たない男がいた。背もそれほど高くはなく、スポーツに関しても他の種目は全くダメ、おまけに勉強に関しても、ビリから数えた方が早いくらいの、風采の上がらない男だった。
その彼が、である。柔道の授業になると、途端に才能を発揮した。
自分より遥かに体の大きな生徒を、いとも簡単に投げ飛ばし、寝技で抑え込み、関節技や絞め技で、ぐうの音もでないくらいに降伏させたのである。
その時からだ。
吾郎の中で、何かが弾けたのだ。
(強くなりたい!)そう思った。
しかし、彼の母親が、どうしても許してくれない。
『武道なんかやる暇があったら、勉強しなさい!』
という訳だ。
母親は特に教育ママというわけではないのだが、スポーツよりも勉強に重きをおく人だった。
元来気が小さく、親の言葉に殆ど逆らわずに今まで来た彼は、どうしても母の厳命を振り切ることはできない。
そこで、
『じゃ、高校に入学したら好きなことをやらせてくれるか?』と頼み、母も、
『それなら構わない』と約束してくれたので、猛勉強をし、県下でも一流校とはいえないまでも、割と有名な私立高校である、城南高校に進学をしたというわけである。
(もちろん、勉強の傍ら、密かに手に入れたトレーニングの本を参考に、自分なりに身体を鍛えることだけは忘れなかったが)
城南高校は勉強だけでなく、スポーツも盛んなことで知られていた。
入学早々、彼はあちこちの部活に見学に行った。当然格闘技や武道系の部活は全部あたったが、どこもどうもピンとこない。
柔道部は、有数の強さを誇り、これまでも全国大会に度々出場しているくらいだったから、彼のような全く経験のない人間など、端から相手にしてくれない雰囲気があったし、打撃系はあまり好きでなかった彼には、空手部は眼中になかったし、剣道部は事情があって活動停止中、レスリング部もあるにはあったけれど、これまたどうも彼にとってはあまりしっくりこなかった。
そんな時、級友の一人から、
『キャッチレスリング同好会』というのがあるらしい・・・・と聞かされたのである。
元々勉強家だった吾郎は、
『キャッチレスリング』とか『ランカシャースタイル』という言葉は本で読んで知っていた。
体力がなくっても、関節技と絞め技があれば、勝つことが出来る・・・・そんなレスリングがかつてあった。という。
それが今、現に目の前にある。
吾郎は矢も楯もたまらず、入部しようと決めたのである。