決着
吾郎は身体を起こして、マットの方を見つめた。そこには有馬が、まったく表情を変えることなく、息も切らさず、平然と腰に手を当てて、こちらをじっと見ていた。
よろよろと立ち上がり、歩いて行く。
レフリーが二人を並べて、まず有馬の手を高々と上げた。
すると、
すっ、という感じで、彼が吾郎に向かって手を伸ばして握手を求めてきた。
『君・・・塩原吾郎君といったっけな?』
『は、はい・・』吾郎が答えると、
『いいファイトだった。強くなれよ。そしてまた闘おう』
にこり、と、まるで少年のような笑顔で笑いかけた。
負けたんだから、悔しいには違いない。
だが、不思議とすっきりしていた。
いい気分だった。
今まで、学校のテストでいい点を取っても、こんな充実感を味わったことなどなかった。
『おい!吾郎!いつまで突っ立ってる?早く戻ってこい!』後ろから笠井の声が飛んだ。
はっとしたような表情になり、吾郎はもう一度有馬とレフリーに頭を下げると、再び自陣に戻って行った。
陣営に帰ってくると、まず鮫島が声をかけてきた。
『惜しかったな』
『まあ、しかし初戦にしてはよくやった方だよ』と、笠井。
『入り方は決して悪く無かった。でも流石に有馬さんだな。最後は完全にコントロールされてた・・・・でも、たった六か月かそこいらであそこまでいったんだ。』
遠藤は相変わらず、黙ってベンチに座り、レスリングシューズの紐を結んでいたが、結び終わって立ち上がると、ポン、と吾郎の肩を叩き。
『あとは、まかしときな』
と、それだけ言い、Tシャツを脱ぎ捨て、マットの中央に出て行った。