いざ、出陣! その5
吾郎の初陣の相手はゴリラのような大男である。それが意外にも!
『先鋒、前へ!』
吾郎と、そして向こう・・・・『郷原格闘技ジム』の選手が進み出た。
名前は熊谷といい、吾郎よりは背も高く身体もごつい。
『互いにフェアプレーを守るように、相手に敬意を持って、いいね?じゃ、握手を?』
熊谷が手を出し、わざと吾郎の手を、ぐっと握りしめた。
『あんまり簡単にやられてくれるなよ。新人さん?』
明らかにこっちを舐めてかかってきているようだ。
吾郎は確かに怖かった。
しかし、いきり立つ気持ちも、かといっておじけづく気持ちもなかった。
『1ラウンド、ファイッ!』レフリーがさっと手を挙げた。
熊谷はぐっと吾郎の首をつかみ、思い切り引き寄せた。
凄い力だ。
だが、吾郎は下に向かって身体を沈め、するりと抜け出した。
『クッ』熊谷が唇を噛む。
再び吾郎につかみかかる。
何とかして体の小さい吾郎を捕まえて、投げ飛ばすか抑え込んでしまおうという腹であろう。
吾郎には相手の考えていることが、手に取るように読めていた。
つかみかかる。するりと逃げる。掴む。逃げる・・・・
そんな攻防が一分ほど続いた。
次第に熊谷はいらついてきたのだろう。
吾郎を上から押しつぶそうと、思い切ってつま先立ちになり、上から覆いかぶさるようにかかってきた。
瞬間、吾郎の身体が、全員の視界から見えなくなった。
誰もが潰された。そう思った。
しかし、次の瞬間!
『ウギャアアッ!』という叫び声が響き渡った。
当然その声は吾郎のものである筈・・・・だった。
しかし違った。
そこにいた全員が視たものは、
大柄の熊谷の右腕をしっかりと抱え、肩と肘を決めて、まるでマットに巨大な昆虫をピンで止めてしまったアリのような吾郎の姿がそこにあったのである。
パン、パン、パンッ!
堪えきれず、熊谷がマットを叩くと、レフリーが、
『それまで、それまでッ!』という声と共に、吾郎の身体を外して、片手を高々と差し上げた。
『勝者!城南高校キャッチレスリング同好会、塩原吾郎!』
おおっという声が、味方からも、そして敵側からも上がったのを聞いて、吾郎は何が起こったかをやっと察した。
(勝ったんだ・・・・俺・・・・)