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CATCH!  作者: 龍之介
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汗と涙の格闘技小説!

私は高校時代、柔道を少しやっていたくらいで、格闘技に関しては殆ど知識らしい知識もありません。

従いまして、専門家の方から言わせると、かなり頓珍漢な内容になるかもしれませんが、そこのところは考慮して、お読み頂ければ幸いです。

 そこは、校舎の裏手にある、普段から教師も、そして生徒もあまりやってこない場所にあった。

 周りを見ると、体育祭や文化祭で使う立て看板や箱のようなものが積み上げてあり、あまり手入れもしないのだろう。雑草が生い茂り、どこかすえたような臭いが漂ってくる。

 その中に、ぼつんと一つだけ、プレハブの建物があった。

 さほど大きくはない。

 他の部室などに比べると、むしろ小さい方である。

『城南高校キャッチレスリング同好会』

 看板だけがやけに新しく、筆太の文字でそう書いてあった。

 吾郎はごくりと唾を一つ飲み込むと、ノックしようと、手を挙げた。

『なんだ?』

急に後ろから野太い声が聞こえた。

ぎくっとして振り返ると、そこにはいつの間にか、一人の男が立っていた。

 身長はかなり高い。恐らく180センチはあるだろう。

 制服を着ているところをみると、生徒に違いないが、四角く、顎が張った顔つきは、どう見ても高校生には見えない。

 胸板は厚く、肩の肉が盛り上がっている。

『あの、ここは「キャッチレスリング同好会」ですよね?』

 吾郎は少しどもりながら、男に向かって言った。

『そうだよ。で、君は?』

『昨日転校してきたばかりの1年生です!名前を塩原吾郎といいます。入部させて欲しいと思って!』

 男は片手で顎をなで、頭の天辺から足の先まで吾郎を見下ろしてから、

『ふん・・・・入部ねぇ・・・・ウチはまだ正式に部活と認められたわけじゃないから、入部って言葉は適切じゃないんだが・・・・・でも随分小さいな。何かスポーツの経験は?』

『ありません。でも、身体だけは鍛えてきました!どうしても強くなりたくって』

 男は片手に下げていたスポーツバッグを肩にかけなおすと、モノもいわずに彼の横を抜け、ポケットから鍵を出すと、部室のドアを開けた。

 少しきしみながら、ドアを開けると、中からどっと、汗臭いような臭いが一気に外に出て来た。

 男は一旦ドアの前で立ち止まると、深々と一礼して、後ろを振り返り、

『ま、入れや』と、吾郎に声をかけた。

 唾を飲みこみ、彼の後について中に入った。

 入口のすぐ左わきに、靴箱が置いてあり、そこには何足かのスニーカーが、少々乱雑に置かれてある。

 男は靴を脱ぐと、中へ入った。

 吾郎も彼のやる通りに靴を脱いで上がり込んだ。

 内部は凡そ畳敷きで20畳ほどの広さであろう。

 床にはアマレスで使うような、真ん中に丸い円の描いたマットが敷いてあり、右側の隅の方にはベンチがあって、その隣には何やら得体の知れないトレーニング器具と思われるものが、棚の中に並べられていた。

 男は一言もモノを言わず、ベンチに座ると、制服を脱いで着替えを始めた。

『あ、あの・・・・』吾郎が彼に向かって声をかけると、

『ジャージか何かは持ってきたか?』

黙々と着替えていた男が言った。

『はい、一応は・・・・』

『だったらすぐに着替えな。』

『でも、僕は・・・・』

『経験がないんだろ?構わんよ。俺が教えてやる・・・・ああ、まだ名前を名乗ってなかったか?こりゃ失礼。俺は笠井亮介。一応ここの主将だ。』男はそこでやっとにこりと笑った。子供のような笑顔である。

 笠井は着替え終わると、肩を回しながら、道場の窓を開けて回る。中に籠っていた匂いが、一辺に外へ出ていき、新鮮な五月の風が入りこんできた。

 笠井はそのまま、マットの上で軽く準備運動を始めた。

『着替え終わったな?』

 Tシャツにジャージ姿になった吾郎を見て、笠井は、

『ああ、裸足のままマットに上がるなよ。シューズは・・・・そこの棚に、名前の書いてない奴が何足かあるから、今日はそれを履いておけ。』

 言われた通りに、吾郎は後ろの棚から一足、自分に合いそうなサイズのレスリングシューズを出してきて履いた。

『じゃ、こっちへ来てまず身体をほぐせ』

 黙ったまま、ストレッチを始めようとする吾郎に、

『返事は?』

 笠井はじろりとこちらをにらんだ。

『はい!』慌てて吾郎は答える。

 苦笑しながら、笠井に続いて身体をほぐす。しばらく見よう見まねでほぐしていると、やがて

『オス、』

『オース』と、入り口で声がした。

 見ると、二人の学生が入ってくるのが見えた。

 一人は吾郎より少し背が高いくらいだが、痩せていてそれほど逞しいとは思えない。銀縁の眼鏡をかけている。

 もう一人は吾郎よりは背丈は低いが、肩幅が張っていて、色黒、見るからに格闘技向きという体形だ。

『お?何だ?亮介、新入部員か?』背の高い痩せた男が言った。

『ああ、どうもそうらしい。』

もう一人の背が低い男は、こちらをじろりとみただけで、殆どモノを喋らず、そのままベンチの方に行き、着替えにかかっていた。

『今時新入部員なんて、珍しいじゃないか。ま、焦らずにやるんだね。僕は南雲達也、副キャプテンだ。よろしく。こいつは・・・』と、後ろを振り返って、先ほどの浅黒い男を指して、

『遠藤博、三人とも二年生だ。よろしく』

 もう半分着替えが済んでいた遠藤は、こちらを見て、ぺこりと頭を下げた。

『僕は塩原吾郎といいます!一年生です!よろしくお願いします』

 吾郎は立ち上がると、精一杯大きな声であいさつをした。


 それから2時間ほど練習は続いた。とはいっても、レスリングなんて全くやったことがなかったので、笠井が殆ど付きっきりで面倒を見てくれた。

 まず、受け身のとり方。

 基本の構え、フットワークなどである。

 後の二人、南雲と遠藤は殆ど休憩もなしで、ずっとスパーリングである。

 身体は弱かったが、スポーツ、特に格闘技が好きだった吾郎だから、レスリングに対して基礎的な知識くらいはあったが、ここで行われているのは、普通のレスリングとは随分違っていた。

 普通はタックルをかけて相手をコントロールするか、投げ飛ばすかして、マットに両肩をつけてフォールしたらそれでおしまい、なのだが、そこでは終わらない。

 勿論、フォールの態勢に持ってゆくこともするのだが、それよりも相手の関節を取って、参ったをするまで続けられるのである。

 吾郎は、笠井に指導を受けながら、彼らのタフネスさに感心していた。

『カーン!』

壁にかかっていた時計が大きな音を、狭い練習場に響かせると、

『ようし、今日はこれまで!』

笠井が指導する手を止めて叫ぶ。

すると、スパーをしていた二人も、ぴたりと動きを止めて、互いに握手をすると、そのまま整理体操をし始めた。

 最後は、マットの上に正座をして、全員で黙想、そしてお互いに『礼』をして練習が終わった。

『どうだ?新入り・・・・いや、塩原君だったかな?応えたろ?』

 笠井が野太い声で言った。

『は、ハイ・・・・』吾郎は息を切らせながら答えた。

『でも基礎が大切なんだぜ?きついけど、基礎をちゃんと習得すれば、後は楽なもんさ』南雲がタオルで顔を拭きながら、楽しそうに笑った。

『でもよかったな。遠藤?これで一番下っ端じゃなくなって』

『ああ』無口そうな遠藤がのっそりという感じで、笠井の冗談交じりの声に反応した。

『さて、練習も終わった。ということは歓迎会も兼ねて、行くか?』

着替えを終わって外に出ると、亮介がにやりと笑って言った。

『悪くないな。』と、南雲がほほ笑む。

『いいね。』ぼそり、と遠藤が答えた。

『あの、行くってどこへ?』

『橋本屋だよ、決まってるだろ?』

亮介は言った。

 橋本屋、というのは、校門を出てすぐのところにある、お菓子や雑貨を売っているお店である。

 ただモノを売るだけでなく、奥では小さな座敷があって、そこでおでんやお好み焼きなどを安い値段で食べさせてくれるのだ。

『今日はぱーっと・・・・というほどじゃないけどな。新入会員が来たんだ。少しは派手にやったって構わんだろう』

こういう時も、キャプテンの亮介が音頭取りになっているようだ。

かくして塩原吾郎は、立派に入会を果たしたというわけだ。



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