秘められた色
よその子(作中でメリーさんと表記されている子)をお借りしています。
ほんのり百合です。
真鍮の細工が光る。それはまるで植物の蔦が複雑に絡みついた宝箱の様な一つの木箱。
祖母が昔、簪を仕舞っていたのを譲り受けた。鍵穴が付いており、鍵を掛ける事が出来る。だから大事な物を入れなさい、と祖母は言っていた。
今では、これは私の宝石箱だ。
中を覗くと、子供の頃必死に集めた玩具の宝石や、河原のつるつるした石、壊れてしまったアクセサリーの部品なんかが仕舞ってあった。
その立方体の奥底の、二重底になっている秘密の空間には、私の本当の宝物が入っている。
水分は抜け、カサカサとしていて薄くなり、空の様に鮮やかだった水色は、朽葉色に変わってしまった。
それでも、これは私の大切な宝物なのだ。
本題に入る前に、少し昔の話をしよう。
私の大好きな女の子である、メリーさんは何年か前に魚を飼っていたらしい。それはとても小柄で、ドレスを身に纏った様な姿をしていた。淡水魚で、酸素不足に強いのでコップの水の中でも飼えるらしい。
名前を聞くのは忘れたが、サファイアという宝石よりも綺麗な青色をした、優雅に泳ぐ魚だった。
魚に限らず、彼女はそれらを群れで飼う事を好んだ。互いが互いを蝕んでいく姿を見るのが楽しい、と言っていた気がする。だから、彼女が飼っていた種は、特に闘争心が強く、相手がボロボロになるまでその身体の隅々を啄ばむという習性を持つものだった。
彼女が管理する立方体のガラスで出来た水槽の中には、群れの美しい魚と、水草と、ライトに照らされてきらきら光る砂利が、絶妙なバランスで配置されていた。初めてその水槽を見せてもらった時、どの水族館よりも綺麗だと思ったのを今でも覚えている。
別名、ウォーターヒヤシンス。
ホテイアオイという水草は熱帯地方が原産の多年水草だ。
驚異的な繁殖力から、青い悪魔とも呼ばれるらしい。
原産地や開花時期、花の色のバリエーション、詳しい話を沢山聞かせてはくれたが、どうしても花言葉だけは教えて貰えなかった。帰ったら調べる事にしよう。
それは、ある時期になると美しく青く、そして真っ直ぐに天へ伸びるかの様な花を咲かせるという。
彼女の水槽で綻んだ水面に映る花弁の姿は、紅掛空色の宝石に見えた。
新しく買ってもらったワンピースに目を輝かせる様に、健気で儚い美しさを保つその花を見詰めていると、隣に居たメリーさんが、私の瞳と花の色とが似ているからと一つ手折って、私にくれた。偶然にも、私の手の甲に触れた指先は白磁の様に滑らかで、ひんやりとしていた。
「槐ちゃんの瞳の色みたいに綺麗だから何年も育ててるんだよ、いつかこうしてプレゼントしようと思ってたの。」
その言葉を聞いて、確かに私の眼も水色だが、こんなに綺麗な色じゃない。もし私がこんな色の瞳を持っていたのなら、自信を持って貴女の隣に居る事が出来るのに、と悔やんだ。
「この花を私だと思って大事にしてね。」
と言われたので、毎日濡れたコットンで、彼女の鮮やかに彩られた長い爪で乱暴に切り離された茎の断面を、簪程もない短い茎を包んでやり、毎日声を掛けた。おはようからおやすみまで、全て愛おしい彼女に接する様にした。長年、彼女に言う事の出来なかった「好き」も、その花の前では不思議と口にする事が出来た。どんな言葉よりも、それを聞いた時の花が一番嬉しそうにしている気がしたけれど、きっと気の所為だろう。
しかし、幾ら壊れ物を扱う様に大事にしていても数年も経てばその宝石の様な姿は失われ、
私の大事な宝物である紅掛空色の宝石は、潰れて皺々になった腐りかけのマスカットの様な姿になってしまった。
枯れてしまった私の宝石をぼんやりと眺めていると、普段は誰からも連絡の来ない携帯からメールの受信音が聞こえた。忙しい時期に入ったという短文のメールが届き、それから一切、メリーさんに会う事は無かった。
執念深い私の片想いはそれで終幕、という訳にもいかず、決して実る事のない想いを抱えて過ごしてきた。
メリーさんには、ちっぽけな私が玩具にしか見えていなくとも、私がメリーさんへ恋慕の情を抱いているのは確かだ。
この隠し持った恋心は、目敏い彼女に、すぐに見付けられてしまうのだろうか。
そして、蔑まれ、踏み躙られてしまうのだろうか?
それならば、こんな醜い想いは秘めたままにしておくのが一番だろう。
もしこれを聞いていた人が居るのなら、どうか秘密にしていてね。
今でも私は、奥底に秘めた恋心と共に沢山の季節を過ごしてきたホテイアオイという名の宝石を、宝石箱に大事に仕舞っている。
姿形が変わっても、元あった輝きや色を失っても、一度私の瞳に映った宝石は思い出の中で、決して色褪せる事はない。
私にとっての一番の宝物は、この宝石であり、その中に秘められた、鮮明に記憶に残る彼女との思い出の色である。
今でも、私の宝石は青く、優しく輝き続けている。
立方体の奥底の、二重底の空間には、溢れ出る程の貴女への想いが、伝わる事を恐れて貴女に見つからない様にと切に願った恋心が、隠されている。
果たして槐は片想いをしていたのか、それとも…という所はご想像にお任せします。
また、ホテイアオイの花言葉を調べ、もう一度読むと、また違ったお話に見えるかも知れません。