仁さんの回想
仁さんの回想
目の前には、私達を迎えるように、真っ青な海が広がり、多彩なきらめきを放っている。
「良いところでしょう」
時子が、笑顔で私と仁さんを振り返った。
私たちは、堤防に付いている階段を下りて、砂浜に足を踏み入れた。
やわらかくて美しい砂浜だった。3人は並んで、時子を真ん中に砂浜に座った。
私達は、しばらく無言で海を見つめていた。
突然、時子が口を開いた。
「人はなぜ」
と彼女は言った。
「人はなぜ、死んではいけない。生きろ、生きろというのかしら。本当は、誰も彼も
自分の事しか考えていないくせに。生きる意味なんて誰もわかっていないくせに。
生きていけない人間を生み出しているのも、今の社会じゃない」
と、時子は悔しそうに言った。
「少なくとも、これから死を選ぼうとしている私達には、その生きる意味とやらが、
わかっているのだろうか」
と私は言った。
その時、私達の会話を聞いていた仁さんが口を開いた。
「私にもよくわからないが」
と前置きをして、仁さんは話し始めた。
「私は君達と違って、70年以上の人生を歩んできた。一人息子を事故で亡くし、妻にも
先立たれた事は前にも話したと思うが、それも今となっては、人生の一ページになって
しまった気もする」
仁さんの目は、目の前に広がるコバルトブルーの空とエメラルド色の海を見据えていた。
「私が子供の頃は戦争中でね。疎開を経験した事もあった。一番、年の離れた長兄は
南方の島で戦死した。あれは、終戦の年だった。もう少し、早く戦争が終わっていれば、
死なずにすんでいたかもしれないのに・・・。 そのショックからか、母は戦後2年で
亡くなり、父もまた、母の後を追うように死んでいった。結局、家督の米屋を継いだ次兄 が、私の親代わりのような存在になったんだ」
仁さんは、そこまで言うと、少し、目を伏せて、足元の砂を見つめた。