海へ
海へ
時子は駅のホームに通じる階段を上りながら、K町の海は自分が生まれ育った故郷の海と
似ているのだ、と言った。
「海岸線が、どこまでも広がっていて、本当にきれいなのよ」
と付け加えた。
私は、時子が人生最後の日曜日になるかもしれない日に、海を見たいと言い出した事に、
彼女の温もりのようなものを感じていた。
私達が乗り込むと、直ぐ電車は走り出した。
路線の上ではK町は終着駅ではないが、私には人生の終点のようにも思えた。
電車は、いつも見慣れた高層ビルの立ち並ぶ都会の風景を抜けていく。
やがて、田園地帯に入った。
そこを抜けると、電車はトンネルに入り、山の中に突入した。
幾つかのトンネルを通り越していく。
最後のトンネルを抜けると、突然、目の前に広大な海が出現した。
時子は、目を電車の窓にくっつけるようにして、海を見つめていた。
まるで、子供のようだと私は思った。
「前から、つらいことがあると、この電車に乗るの」
と時子が囁くようにつぶやいた。
幾つかの駅に着くたびに電車の乗客の数は減っていった。
その内に、電車はK駅に到着した。
K駅で降りたのは、私達3人とほんの数人の乗客だけだった。
私たちは、駅の改札を抜けて表通りに出た。
駅前の商店は、ほとんどシャッターが下りている。
格差社会の影響を受けて、この町も崩壊寸前なのだろう。
まるで、私の人生と同じだな、と私は自嘲的な気分になった。
時子が、私と仁さんを案内する形で、駅前通りを歩いていった。
やがて、突き当たりに、大きな松林が見えてきた。
時子は、その中の小道を奥の方向に進んでいく。
まばゆい晩秋の陽光が一瞬消えて、周囲が薄暗くなった。
しばらく、その小道を歩いていくと、再び、私達の前に光が差してきた。
段々と、その明るさを増していく。
少し、上り坂になったその先に低い堤防が見えてきた。
私たちが、その場所までたどり着くと、再び明るい陽光が私達の体を包み込んだ。