時子の誘い
時子の誘い
私は翌日から、必要最小限のものだけ残して、家財道具の処分を始めた。
家財道具といっても、たいした物があるわけではない。処分は比較的容易だった。
アパートの大家にも契約の解除を申し出た。
会社もリストラされたので、故郷にでも帰るつもりだという私の言葉を全く疑わなかった。
というより、次の借主を探すことで頭が一杯なのだろう。
私は最後の家賃を支払うと丁重に頭を下げた。
これだけしておけば、私がこの世から消えても誰も不自然に思わないだろう。
そう思うと、何と薄っぺらい人生だったのだろうという悔しさがこみ上げてきた。
そんな気持でいると、その夜、時子からメールが届いていた。
次の日曜日に、三人で海の見える場所に行って、最後の思い出にしたいと書かれてある。
私は直ぐにOKの返事を出した。
私の胸にも、もっと時子と仁さんと話をしてみたい、という何かが喉につかえた様な
気持が残っていた。
私達の出会いから三度目の日曜日がやってきた。その日は、朝から快晴だった。
晩秋の陽光が、名残を惜しむように降り注いでいる。
私には、時子が私と仁さんをどこに連れて行こうとしているのか、全くわからなかった。
私が待ち合わせの広場に近づいていくと、既に時子と仁さんは来ていて、何か話して
いた。
私は、二人が自分の家族であるような錯覚を覚えた。
時子は、黄色のワンピース姿に赤のブレザーを羽織り、仁さんは白のジーパンに茶色
のジャンパー、私はジーンズに緑のセーターというラフな格好だった。
「ごめんなさいね、突然、海を見たいなんて言い出しちゃって}
と時子が申し訳なさそうに言った。
「いいさ、私も晩秋の海は好きなんだ。ほとんど誰もいないし、落ち着くから」
と私は言った。人ごみの苦手な私にとって、それは本心だった。
仁さんは、そんな私と時子の様子を見て、微笑んでいる。
「じゃあ、行きましょうか」
と時子は言って、駅への道を戻り始めた。
時子は、駅の券売機の前で、K町への切符を3枚買うと、私と仁さんに渡した。
私は、そこで始めて、時子の目的がK町である事を知った。
日曜日のN駅は、快晴の日曜日とあってか、行楽に向かう人々で賑わっていた。