2度目の会合
2度目の会合
一週間前と同じウエイトレスが注文を聞きにきた。
私達はホットコーヒーを注文した。何もかもこの前と同じだと私は思った。
違うのは、私達が今日、死の具体的な方法について、話し合わなければいけない事だ。
「今日は、雨も降ってるし、風の強くて大変だな」
仁さんがその場の空気を解すように、ウェイトレスがコーヒーを置いて去っていくのを
見ながら呟いた。
「そろそろ本題に入りましょうか」
少し、他愛ない話をした後で、私は思い切ったように言った。
「その事で、一つ条件があります」
と、時子が申し訳なさそうに言葉を続けた。
「私は、3人がネット心中という形で、世間に騒がれるような死に方はしたく
ないんです。ご免なさい。自分から呼びかけておいて」
私には時子の気持がよくわかった。家族とほとんど絶縁状態になっているとはいえ、
ネット心中というような騒がれ方をすると迷惑がかかってしまう。また、彼女にも
彼女なりの意地があるだろう。
仁さんも時子の気持を察したようだ。
それから、私たちは死ぬためのいろんな方法について、意見を出し合った。
海に飛び込んで、3人の遺体が発見されれば、大騒ぎになる。
生半可な山の中でも、同じような危惧がある。今、流行の車での練炭自殺という
訳にもいかない。
私たちは、顔を見合わせて、どうしたものかと首を捻った。
しばらくの沈黙が続いた後、仁さんが口を開いた。
「じゃあ、こういう方法はどうだろう。私の住んでいるアパートからそう遠くない
所に、一度迷い込んだら二度と出られないという広大な樹海がある。
そこなら、時間が経てば経つほど、遺体が発見される確率が低くなる。
長い年月が経って、発見されても、身元を証明するものさえ持っていなければ、
どこの誰だかわかることもない。
どうだろう。私のアパートに集合して、夜中に行動をおこせば、誰かに見られる
心配もない。
死ぬための睡眠薬は私が用意しよう。昔からたまっている分がかなりあるから」
そういうと、仁さんは私と時子の顔を交互に見つめた。私は、仁さんに死への
覚悟を試されているような気持になった。ここまで来て、反対する理由もない。
「いい考えじゃないですか」
と私は言った。
「私も、それでいいわ」
時子も同調した。
私達3人は、ホッとため息をついた。
「後は、決行日を何時にするのかという問題だけど」
と私が言った。
「そうね、今まで住んでいたアパートも解約しなければいけないし、部屋の物も処分
しなければいけないし、10日後位でどうかしら」
と、時子が思案顔で言った。
私と仁さんに異論はなかった。
私たちは、それから放心したようにボンヤリと座り続けていた。
何もかもこれで終わるのだという気持と、本当にこれで人生が終わっていいのだろうかと
いう気持が私の中で交錯していた。
「一週間後に、もう一度、ここで最終的な打ち合わせをしませんか」
と私は言った。二人にも、これで何もかも終わってしまう事に対する不安感が
あるのではないだろうかと私は感じた。二人も同意した。
その日は別々に喫茶店を出る事にした。
私は、一人、駅への道を傘を差して歩きながら、十日後に三人の命が、この世から
消え去ろうとしていることを、現実的な実感を持って、受け止めようとした。
その時、ふっと、今、別れてきたばかりの時子の顔が浮かんだ。
(彼女はどんな思いでいるのだろう)
私は、そんな自分の気持を振り切るように足早に駅の構内に入っていった。