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それぞれの気持


 次は、私の番だった。私は会社も首になって生きる希望もない事。私が死んでも誰も

 悲しむ人のいない事、などを話した。余り、多くを話す気持にはなれなかった。

 最後は、仁さんの番だった。

 仁さんは、3年前に奥さんをガンで亡くしていた。昔、可愛がっていた一人息子も、

 小学校の時に交通事故で命を落としたという。

 「生きていれば、君と同じ位の年だと思うのだが・・・」

 と仁さんは私を見て悲しげに笑った。

 仁さんは、長い間、バス会社で乗務員をしていたので、年金などがあって、食べて

 行く事に不自由はしていないようだった。

 「それでもね、時々、たまらなくなる時があるんだ。息子が生きていたら、妻が

 いてくれたら、といつも考えてしまう。特に、一人で部屋にいて、妻と子供の位牌を

 見ている時なんか、本当にたまらないよ」

 と仁さんは言った。私と時子は黙って聞いていた。

 「結局、私たち3人は天涯孤独に近い身の上なんですね」

 私は仁さんの話を聞き終えるとそう言った。

 私達はその日、お互いに知り合えた事に満足して、別れる事にした。死ぬための具体的な

 方法や日時は、一週間後の日曜日に再びこの場所で話し合うことになった。

 いつの間にか、窓の外は薄日が差している。

 私達は外に出た。

 ずっと孤独を感じて生きてきた私には、お互いに死ぬために引かれあったという

 後ろめたさと共に、気持を一にする同士に巡り合えた様な奇妙な満足感も共存していた。

 時子と仁さんも同じ気持に違いないと、私は思った。

 

 それからの一週間、私の生活も彼らと出会ったことで変化し始めた。

 私は、自分の気持の中で、彼らと出会ったことを厳粛に受け止めたいと思った。

 (私達は決して浮ついた気持で死のうとしている訳ではない)

 と思い込もうとした。だから、死の瞬間を迎えるまでは素面でいようと心に決めた。

 ただ、死に向けての心の準備や気持の整理だけは付けていきたいと考えていた。

 彼らとの2度目の約束の日曜日がやってきた。

 秋雨前線が停滞しているのだろう。その日も朝から雨模様の天気だった。

 たった、一人の生活に雨の音は悲しく響くものだ。私は今まで生きてきて、どれだけの

 人と心を通い合わせることが出来ただろうか、と考えた。ほんの一瞬でも、私が心を開き、

 相手も心を開いてくれた事があっただろうか。

 私は、時子と仁さんとの出会いに、少し、心の通い合いを感じたかったのかもしれない。

 私が約束の15分前にN駅に着くと、既に二人は来ていて、私を待っていた。

 私達は再び「喫茶 やまと」に向かった。

 店内に入ると一週間前に話し合った場所が空席になっている。

 私達は再び、奥の同じ席に腰を下ろした。

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