仁さんからの手紙
仁さんからの手紙
(まず、私が今日、約束の時間にその場所に行かない事を謝罪したい。
そして、もう一つ、君達に謝らなければいけない事がある。
私は最初から、半分は死ぬ気がなかった。時子さんの掲示板を見て、
何とかこういう思いに駆られている人達に思いとどまるよう説得できないかという
考えがあったからだ。 しかし、もう半分は、その場の成り行き次第で、
どうなってもいいとも思っていた。
私はもうすぐ、平均寿命に届く位、充分な時間を生きてきた。
君達のような若い人と死を共にすることがあったとしても、それはそれで、
私の運命だと思うことにしていた。 もちろん、私が君達に話した身の上話は、
全て、本当の事だ。
時々、自殺の二文字が頭をかすめていたのも事実だ。
しかし、その度に、私は戦死した兄、そして、妻と息子の顔を思い出してきた。
彼らが私に、自分達の分も生きて、と言っている様な気がした。
真也君、時子さん、私の気持は先日、海で話した通りだ。
十パーセントでも一パーセントでも、生きようという気持になれば、
生きる事が、出来るのではないだろうか。
生きる事に必死になれば、死ぬことなんて考えなくても、何とかなるのでは
ないだろうか。 それに君達は、まだ若い。
それでも、君達の死への思いが変わらないなら、私は、もう止めるつもりはない。
それも、君達の人生だと思うから・・・。もう一度、二人でよく話し合ってほしい。
君達と出会ってからの時間、私は本当に楽しかった。
例え、それが死ぬための出会いであったとしても、私の気持は充実していた。
今、私はこの手紙を部屋で一人で書いている。これからも、多分、一人だろう。
しかし、それでも私は、私に残された時間を、亡くなった妻と子供の心を
傍らにおいて、過ごしたいと考えている。
今は、ただ、君達二人の人生が今後も続いていくであろう事を願うばかりだ。
最後にもう一言。
こんな年寄りと真剣に付き合ってくれて、本当にありがとう。
さようなら、元気でいてくれ)