二人だけの夜
二人だけの夜
私と時子は、ブランコから降りると、どちらからともなく肩を抱き寄せた。
温かい、私はただ、それだけを感じた。 私達二人は、もう、住んでいたアパートも処分し、帰る所もない。
本当に何もかも失った人間だけが感じる事の出来る相手の体温。
今まで、感じたことのない安心感がこみ上げてくるのを私は感じた。
「私達、これから、明日の朝までどうしよう」
時子が静かに言った。 私は、海へ行った時に、時子が見せた表情を思い出した。
「君と仁さんで行ったあの町へ行ってみないか」
私の言葉に時子が頷いた。
夕方の闇が徐々に迫り始めている。
私たちは、電車に乗るとK町に向かった。
時子の好きな海の見える場所に着いた時には、既に辺りは暗くなっていた。
夜になって、月明かりだけが、海を静かに照らしていた。
私と時子は、しばらく、肩を寄せ合って黙っていた。
「これから、私達、生きていけるかしら」
と時子がポツリと言った。
「私には君が必要だ。君も私の事を必要としてくれるなら、明日、そのことを
正直に仁さんに話そうじゃないか。仁さんも、本心ではきっと、そう望んでくれて
いるのではないだろうか」
私と時子は、その夜、駅の近くにある小さなホテルに泊まった。
もう、何も言わなくても、私達の心は通じ合っていた。
私たちは、ただ、今まで生きてきた中で感じてきた傷を癒すように
お互いの体を抱きしめあって、一晩を過ごした。
あたたかい温もり。それさえあれば、これからも生きていける。
また、一から始まる人生があってもいいじゃないか。
時子の気持もきっと同じはずだ。
夜になって、激しく吹き始めた風の音を聞きながら、
私たちは一睡もせずに、夜を明かした。
翌朝、私たちは早めにチェックアウトを済ませると、N駅に向かった。
仁さんとの約束の時間が近づいてきた。
私たちは、緊張した面持ちで、待ち合わせ場所に向かった。
しかし、約束の時間になっても仁さんは現れなかった。
その時、少し、離れた場所で私達の様子を見守っていた青年が、
私達に歩み寄ってきた。
「真也さんと時子さんですね」
と、その青年は言った。
私達が頷くと青年は彼のかばんの中から一通の封筒を取り出した。
青年の話によると、彼は近くのコンビニエンスストアでアルバイトを
しているという。今朝も夜勤を終えて帰路に着いた。
いつものように、この近くを通りかかった時、ある老人が声をかけてきた。
老人は、私と時子の特徴と名前を言って、必ず、この封筒を二人に渡してほしい
といったという。
それだけ、強く念を押すとその老人は立ち去った。
「確かに渡しましたから」
青年は一通りの説明をして、立ち去ろうとした。
私が礼をいうと、青年は
「充分なお金をいただきましたから」
といって、笑顔を見せながら、急ぎ足で駅のほうに向かっていった。
私と時子は、前日、話し合った公園に向かった。
昨夜の嵐から一夜明けて、空は快晴だ。
砂場で、子供を遊ばせている親子が何組もいる。
私たちは、隅のベンチに腰掛けると、仁さんからの手紙の封を切った。
そこには次のような内容が記されてあった。