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B・R  作者: ルイ《wani》
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B・R 5

夜空には月が昇っている。


半分冗談のつもりだった。

人間の女に入れ込んでる自分を認めたくなくて、来ないと思った。


「ここ、よく月が見えるね。

いい場所知ってるじゃない」


また明るく笑う。

彼女を屋根の上に誘ったのは俺だ。

けれど…年頃の娘が屋根の上に登るだろうか。

いや…きっとやってのけるのは、彼女だけだ。


「いいのかよ…嫁入り時の娘がこんなことして」


白い寝間着、ゆるく三つ編みした髪、たまに吹き上げる風で白い足首を月の下に無防備にさらす。

気取らない彼女…おかげでこっちは刺激を受けっぱなしだ。


これは挑発なのか?

これは駆け引きなんだろうか?


「嫁ね…貴族になんて産まれたくなかったな」


ぽつりと夜空に呟く、時折見せる寂しげな表情。

魅入ってしまうのを気付かれないように、俺は話を茶化す。


「貴族って…なんだ、お前、イイとこのお嬢様じゃねぇか。

そういや名前は?」


「言ってなかったっけ?

ブラッドレッド家の次女バレット、噂の『戦場の姫君』よ」


記憶を手繰る。

聞いたことがある…ここに来る前に、一応調べていた事だ。だが…


「聞きたいんだが、なんでまたそんな物騒な名前を継ぐんだ?」


「ブラッドレッド家の習わしだからよ。

すっごい昔に街を襲った化け物がいて、ブラッドレッド家の四人の勇敢なる貴族がそいつらを追い払ったの。

その強さにあやかるのと化け物の魔よけも兼ねて、子供にその時に使用した武器の名前をつけるのよ。


今回はたまたま全員女だから珍しくて噂になってるわけ」


なるほどな、と頷く。

それに、とバレットはまた寂しげな表情を見せた。


「戦好きな男共がアクセサリーみたいに、ブラッドレッド家に求婚するから…あたしは最近自分の名前が嫌いかな。

……前は好きだったんだけどね」


月の光で微かに光る赤い指輪を触る。

横目で見ると、その表情は浮かない。

おそらく意に沿わない縁談でも持ち上がっているのだろう。


「なぁ、面白いもん見せてやろうか」


そんな彼女の表情を見ていると、連れ去ってやりたくなってしまう。

彼女を縛る屋敷から、

…彼女の胸を焦がすその指輪の思い出から。


――でも、これが最終通告。

これで……俺の事を嫌いになってくれ。


ばさり、と閉じていた黒い羽をはばたかせる。


「あの月を間近に見せてやる。

……一緒に来いよ」


手を向ける。

さすがに俺の羽を見て、人間じゃないことに気付いただろう。

この暗闇だ…普通の女ならここで踏み止まる。


三つ編みが風に揺れる。白い寝間着はまるでドレスのようだ。

彼女に手を差し伸べている俺は、悪魔のように見えるだろう。


それでも、彼女は手を握る。

暖かい、優しい感触。


「…怖く、ないのか…?」


驚いているのは俺のほうだ。


ばさりと羽を広げ、彼女の腰に手を回す。背中から抱くように。


何度かはばたき、宙に上がる。

バレットは楽しそうに小さく声を上げた。


「なによ、ルイス。

怖がってほしいの?

…来てほしいって顔してるけど?」


心臓の鼓動が伝わりそうで、俺は一言も喋れない。

彼女の暖かな手を感じるたびに、自分が恋に落ちていくのを感じた。


…もう止められなかった。


月を眺めて、星を潜って、

自分の腕の中に居る存在を離したくない。

屋敷に戻ってきても、屋根の上で手を握ったままだった。

初めて手を握ったのに、どこか懐かしい。

まるで魂の半分に巡り合ったよう。


「…ルイスって、ヴァイオリン弾ける?」


「弦楽器か?ある程度はな」


「ふぅん…あたしは嫌いなんだけどね。今度持ってこようかな」


穏やかな時間。幸せな時間。

味わった事のない充実感。

嬉しかった。


………だから、油断していた。


「…っ、この気配…しまった!」


「どうしたの?」


この人間の世界に降り立ったのが、俺たちだけじゃないのを

………忘れていた。

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