B・R 4
俺がアルクの部屋に来て、七回月が沈んだ。
なんだかんだ言いつつ、彼女は俺を看病してくれている。
背中の傷はだいぶ良くなって、痛みも少ない。まだ動かしていないけれど、羽も揃ってきた。
俺の背中の傷に薬を塗り、薬と水を用意してくれる。
おそらく俺が人間ではないものだと――
……羽も生えているし再生能力も普通の細胞速度ではないから…
それに気付いて、家人の目を盗みながらやりくりしているにちがいない。
すごく広い部屋だから、たぶん掃除する人が本来はいるのだろう。
でもその掃除を、おぼつかない手でしているのも、彼女だった。
「…ありがとう、アルク」
人間は怖くてすぐに武器を向ける、と聞かされていたので驚いていた。
確かに俺の羽に銃を向けたのは人間だけれど、全員がそうというわけではないみたいだ。
礼を言うと、彼女は決まって背を向けて『別に』と呟くだけ。
嫌われているのかと思っていたけれど、語尾が柔らかいからきっと気持ちは伝わっているんだと思う。
「アルクはあまり家族以外の話しないよね。
…友達とかは?」
「………人間は嫌いなの。
友達なんていらない」
俺がその話をすると決まって嫌な顔をするので、それ以上話せない。
何があったのかは分からない。
彼女を何が苦しめているのか分からない。
その苦しみを俺がなんとかできるものなのかも、分からない。
…それでも諦めたくなかった。
俺を助けてくれた…この人の力になりたい。
何もできなくても、せめて話を聞くことくらい…できるなら。
「ねぇ、もうソファーで寝るの辛くない?」
俺をベッドに寝かせているので、彼女はソファーで寝ていた。
ベッドのように大きくふかふかみたいだったから、最初は心配していなかったけれど。
さすがに何日も寝床を占領しているのは気が引けた。
「は?じゃあアンタは何処で寝るのよ」
「別にソファーでも大丈夫だよ、もう背中痛くないし」
ベッドから体を起こす。もう歩くこともできた。
ソファーへと歩く俺の前に立ち、睨み付ける。
「病人はベッドで寝なさいよ」
「でも……あ、そっか。
二人で寝ればいいんだよ。
今日からそうしよう」
名案だと人差し指を上げる。
でもアルクは俺の顔を見て、固まっていた。
俺の兄さんとは一緒によく寝ていたんだけれど…やっぱり、人間じゃないから、かな。
「……一緒に寝るのは、やっぱり怖い?」
何故か彼女は真っ赤になって怒った。
「そーゆーことじゃないわよ、この馬鹿っ!」
睨んだその瞳が、一瞬優しくなる。
「エミリオみたいな馬鹿は大嫌いよ…」
そう言って、彼女は初めて笑った。
出会ってから初めて…笑顔を見せてくれた。
ふいに笑ったからか、俺は鼓動が高鳴る。
人間は…こんなふうに笑うんだ。
嬉しくて俺も笑ったら、何故か睨まれてしまった。
その夜は二人で並んで、夜空に浮かぶ星を眺める。
最初は黙ったままだったけれど、ぽつりと自分の話を互いに語りはじめた。
「姉様達のことは好きよ。
でも…他の人間はきっとあたしのことが嫌いなの。
好きな事が出来ないと不機嫌になるあたしを、みんな嫌な目で見るから」
だから人間は大嫌い。
あたしを嫌いなら大嫌いになる。
アルクは仏頂面のまま、両拳を握る。強く誓うように。
でも俺には、強く見せているように見えた……本当は違うんだ。
「俺の事、助けてくれて本当にありがとう」
「別に。アンタは人間じゃないから…だから助けたの!
それだけなんだからね!」
そうか、と彼女の言葉でちょっとしゅんとなる。
人間じゃないから傍においてるって、最初に言ってたもんなぁ…。
「じゃあさ…」
俺が人間だったら、嫌いなの?
そう聞こうとして、言葉を切る。
気配を……感じた。
「ね、エミリオ、窓開けた?」
冷たい気配、見知った感覚。
思わず彼女の手を握る。
「俺から離れないで…
悪い奴が、来た……!!」




