B・R 2
ドアを開けたアルクの前を人影が通り過ぎる。
がたんと窓が開き、そこから飛び降りていった。
思わず呟くアルク。
「……バレット姉さんも相変わらずね」
ここは三階。だが飛び出した彼女には些細な障害だ。
下に生えている木の枝を伝って着地し…森へ駆け抜けていく。
「バレット様は?!」
「また逃げられたか…」
屋敷の話し声は遠くなっていく。
邪魔なドレスの裾を持ち、バレッドは森を走り抜けている。
目指すは彼女だけの場所…湖。
「…ん?」
いつもの湖畔に、人影。
見知らぬ者だが、彼女はそれと昨晩出会っていた。
「お転婆な女だな、三階から飛び降りたろ」
赤毛の男。
スーツを着てはいるが、胸元ははだけていてだらしない。
普通の女性なら身分も分からない彼を警戒するのだろうが…彼女は別格。
「勇敢なる女性と言ってほしいわね、赤毛くん」
物怖じせず、気取らず、それでいて品のある振る舞い。
彼女の仕草に、赤毛くんと呼ばれた男は苦笑した。
こんなに無防備なのに、不思議と魅力的だったのだ。
「俺の名前は赤毛じゃねぇ。
ルイスって呼べ…お前なら許す」
「あら嬉しい、光栄だわ。
ルイスね、よろしく」
湖畔で靴を脱ぎ、上等なドレスで草むらに腰を下ろす。
…しかもあぐらだ。
彼も同じように腰を下ろし、彼女の横に座る。
「昨日はありがとうな、おかげで見つからずにすんだ」
昨晩、ルイスがヤードに見つかり追われていた際、偶然そこに居合わせた彼女に助けてもらったのだ。
「ありがたいが…なんで助けたんだ?
言っちゃなんだが、怖くなかったのかよ」
手を引き、森の深くに入って湖畔で二人…息を潜めてやりすごした。暗闇で、男と。
普通の女性では…考えられない。
しかし彼女は軽く笑うだけ。
「だってあなた、あんまり悪そうに見えなかったもの。
さて……お喋りはここまで、んじゃ探しますか」
「指輪か?何色だったっけ」
「あなたと同じ、赤色よ」
昨晩…ここに逃げ込んだ際に彼女の大切な指輪がなくなってしまった。
明かりのある昼間に、今日の礼として一緒に探すと…ルイスは約束したのだ。
「……ありがと」
そう言って笑った彼女の顔が、ルイスは忘れられなかった。
だから少し…指輪に嫉妬していた。
「そんなに大事なのかよ、その指輪」
「大切な人にもらった物だから……なくしたくないのよ」
期待通りの憎らしい答え。
しかも彼女の頬は心なしか紅くなっている。
ルイスはそれ以上何も言わず、二人で指輪を探した。
陽が傾き始めたところで…
「なぁ、これか?」
ルイスの手に、紅い薔薇が彫られた指輪が握られていた。
「それよ!ありがとう!」
だが、ルイスは手を伸ばした彼女から指輪を遠ざけた。
「……何するのよ?」
にやり、と悪戯っぽく笑うルイス。
彼には屋敷を訪れた理由があった。
人間と心を通わすこと…最初はやる気がなかったが、彼女なら。
「また今晩、会いに来るなら指輪を返してやる」
「……それって、デートしたいの?」
紅い指輪を彼女の白い手に落とす。
二人は笑う。
まるで恋をしているように。




