B・R 1
エミリオは目を覚ます。
暖かい布団の中だ。
天蓋の付いた豪華なベッド…白いレースが陽の光にきらきらと輝いて、まるで蜘蛛の糸のようだった。
「…起きたの?」
びくりと肩が震える。
一瞬身構えるが、よく声を聞けばまだ幼い…少女だ。
身体を起こそうとするが、背中に激痛が走る。
「無理よ、血塗れだったもの。
しばらく安静にしてなさいって」
気を失うような感覚。
視界にようやく声の主が顔を覗かせた。
「あたし…人間が大嫌いだから、最初はお前を窓から捨てようと思ってたんだけど」
エミリオは声を出せなかった。
痛みが全身を襲っていたからでもあるけれど、彼女の瞳が透き通るように綺麗だったから。
彼女は仏頂面のまま、彼を覗き込む。
「お前は人間じゃないみたいだから、ここにいれたの」
エミリオの黒いマントのほつれを手でいじる彼女。
白い寝具のままだけれど、汚れることは気にしないのだろうか、とエミリオは首を軽く傾げた。
「………言葉は分かるわよね?」
「あ、うん…分かるよ……」
慌てて返事をすると、彼女はため息をついた。
「じゃ、お礼くらい言ってくれる?」
睨み付ける姿勢はまるでエミリオを怖がっていない。
不思議に思いながら、彼は頭を軽く動かす。
「ありがとう……」
「別に。それじゃ、水もらってくるわね」
「あ、あの…!」
なに?といかにも面倒そうに振り返る。
一瞬その剣幕に物怖じするエミリオだが、恐る恐る口を開いた。
「な、名前……は?
あ、あの、俺は…え・エミリオ…」
「ふぅん。
…少なくともこの辺に住んでるわけじゃ無いみたいね」
彼女の言葉に首を傾げる。
名前を聞かれるのがそんなに嫌なのだろうか。
「このブラッドレッド家の習わしなの。
太古の昔に、ブラッドレッド家の四人の勇敢なる貴族が戦いに勝利して……。
それにあやかって、…それぞれ四つの武器の名前を子供につけることになってるの。
だからみんなあたしのことを……アルク(弓)って呼ぶわ」
彼女は自分の名前が嫌だった。
知らない人に名乗ること…他人と交わることを避けている。
気にしてこなかったが、少しずつ周りのことが分かるようになって。
いちいち説明するのが億劫で、名を呼ばれるのが嫌になった。
珍しい物を観るような目、好奇の入り混じった声。
いつもの嫌な瞬間。
味わってきた嫌な感覚。
……でも、彼は違った。
「そうなんだ…。それじゃあ…歴史のある名前なんだね……」
納得し、軽く笑う。
エミリオにとっては、名前はただの名前。
そこに深い歴史のある彼女の環境が、少し羨ましく感じたのだ。
それだけのことだが、彼女にとっては驚きで。
彼の言葉は、色褪せていた時間を変えた気がした。
そんなこと、言われたことなかった。
「………べ……別に…」
顔が紅くなる。
彼女は嬉しかった。
初めて、誉めてもらえたから。
…それも、心から。
「チャールズに、水と薬もらってくるから…黙って寝てなさい!」
「うん、ありがとう。アルク」
ばたん、と戸を閉める。
彼女の顔には笑みが浮かんでいた。




