B・R 18
彼女のことは嫌でも目に入ってきた。
ゆっくり歩けばいいのに、無理して走って裾を踏み、転ぶ。
転んで、ウェイターにぶつかり、テーブルクロスを引っ張ったりと一人で騒がしい。
ジョシュアは退屈しのぎに近寄る。
見ていられなかったし、放っておけない性格だった。
「ランスロットおにーさまぁー…」
女の子は泣きだしていた。
ため息を吐いて、彼女の手を引いてバルコニーへ連れ出す。
「…ふん、首輪でも付けて縛り付けておけばいいものを」
幼いながら彼はかなり冷静だ。
迷子になったら不安で泣いてしまう彼女は、年相応。
いつまでも泣き続けている女の子を蔑むように、吐き捨てた。
しかし、泣き止むまで彼が傍を離れることはなかった。
ずっと隣で、黙って座っている。肩が触れ合う、僅かな体温。
彼なりの不器用な優しさだった。
「サイズッ!ここにいたか!」
「ランスロットおにーさまっ!」
駆け出した彼女を抱き締めたのは知らない男の子。
ジョシュアと同じくらいの年だが、着ているものでかなりの上位貴族だと分かる。
「さがしたぞぉ、こいつめっ。
あ、ありがとうな!
こいつをみつけてくれたんだろ」
彼女の隣にいるジョシュアに気付き、男の子は笑う。
だがジョシュアの顔は変わらない。仏頂面のままだ。
「俺なら、こんな奴を放し飼いにはしない。
…手錠でもかけて監禁しておく」
下らない物を見るような瞳だ。
男の子に抱きついている彼女を射ぬくような視線。
「そんなことしたらかわいそーじゃん!
おれはぜってぇやらねーよ!」
ぎうと女の子を抱き締める。
ふんと鼻で笑い、ジョシュアは背を向けた。
「だったら彼女から目を離すなんてことするな。
……俺なら、しない」
そのまま歩き去ろうとした、彼の腕を掴む…女の子。
冷たい目を向けているのだが、彼女は彼に笑いかけた。
「そばにいてくれて、ありがとう!」
彼女にとっては当たり前のこと…優しくしてもらったらお礼を言う。
だが……
「…礼を言われる覚えなどない」
ジョシュアは辛うじてポーカーフェイスを保った。
そのまま腕を振りほどき、会場に戻る。
振り返らない……いや、振り返れなかった。
『……ありがとう!』
彼にとって、初めての言葉だったから。
心地よくて嬉しくて、笑いかけてもらえるなんて思ってなかった。
「ジョシュア、探しましたよ」
声に顔を上げる。女王だった。
「――さぁ、帰りましょう」
「はい」
灯りかけた小さな暖かさは、すぐに吹き消される。
――…この時は、まだ。




