B・R 17
ヴァンパイアは基本的に人間との接触を禁じられている。
誤って接触してしまったとしても、正体は決して明かしてはならず二度と会うことは現状許されていない。
……エミリオはそれを知ってはいた。
だが目の前で森に迷い込んでしまった女の子を、人間だからという理由で見捨てる性格ではない。
最近羽で空を飛べるようになったので、いつもより長く散歩していたら……ヴァンパイアではない気配を近くの茂みで感じた。
上からそっと覗いてみたら、そこには女の子が丸くなって眠っていた。
短くて、黄色に近い茶の髪。
片足だけ靴を履いていない。
無くしたのかな、と周りを見渡してみるが見当たらない。
「……くろい」
声に振り向く。冷たい汗が背を這う。
女の子はエミリオを見つけていた。
「おまえ、ようせい?」
咄嗟に、頷く。
エミリオは彼女の言う『ようせい』を知らないが、ヴァンパイアということだけは隠さなければならなかったから。
「あたし、うちにかえりたいの」
赤い目元は彼女の不安を感じるのに充分だった。
幸い、エミリオはこの森の出口を知っていたので、案内できる。
「………」
ばさりと羽をはばたかせ、指で出口を指す。
「みち、わかるの?」
不機嫌そうだった彼女の顔が一気に晴れる。
可愛い、年相応の笑顔。
無言のまま頷いて、エミリオは進んだ。
こうして彼女を森の出口まで案内してきたのだ。
「ここまでくればしってる。
もうへいき」
前には森と湖へつながる林の境目がある。
そこを抜けると、知らない世界。彼女はそこへ歩いていく。
「つれてきてくれてありがとう。なんのおれいもできないけど……なにかあったらブラッドレッドの名をだしていいわよ。
あたしがゆるしてあげる」
ふわりと小さな花のように笑う。
喋れない事がもどかしくて、触れたくなる。
……エミリオは小さく頷く。
それが精一杯だった。
光の中に帰っていくような彼女。
まるで夢の中みたいで、エミリオの幼い頭はくらくらした。
光に背を向け、彼は再び元の闇の中に飛び込む。
冷たく感じた闇が彼女のいる光とつながっていることを知り、どこか心地よく思えた。
「アルクは昔から森が好きよね」
チャールズは彼女の言葉に軽く頷く。
話の内容もだが、彼にとっては彼女と話すことも楽しかった。
「いつだったかしら…森に靴を忘れてアルクが叱られた時に、素敵なことがあったの」
「どんな?」
「湖の林にね、アルクの靴があったのよ。
『ぶらっどれっど』って小さな紙に宛名まで書いてくれてね…」
「でも、この森は一応屋敷の敷地内にあるだろ?
その辺の村人が入れるわけないのに……。
素敵っつーか…不思議だなぁ」
チャールズの顔に微笑む彼女。
窓の外からアルクとエミリオの声が重なる。
それを聞いて、何故か笑みを深くした。
「…素敵、よ」




