B・R 9
もう血は止まっているのに、ルイスの顔は暗いままだ。
黒い闇から人影が出てきて、あたしの腕に爪で斬り付けてきて。
倒れたあたしを抱えて、屋根伝いに移動していたところまでは覚えているけど、
今いるところはたぶん…どこかの図書館みたい。
古い本が沢山陳列され、整理されていた。
あたしとルイスは棚を背にして座っている。
起きて寝顔をじっと眺めていたら、ルイスが目を覚ました時に怒られた。
「……悪い、本当に…」
何度目かのため息のような謝罪。
辛そうに呟いたその言葉の裏に、どんな事情があるのだろう。
「ルイスは悪い奴なの?」
「…っ、違う!」
身を起こして、強く否定する。
二人でじっと目を合わせて、黙り込む。
「話してくれないの?」
「巻き込みたくないんだ…できれば、このまま…」
ルイスの頬を打った平手の音が、静かな部屋にこだました。
泣きたくなかったのに、あたしの目から涙が一滴零れる。
「このままって、何?」
目を見開いて驚くルイスの顔。
「このままあたしと別れて、
どっかに姿をくらませて…何もなかったみたいに、
逃げてしまえばいいって?」
開いた目を俯けるルイスの視線。
「あたしは嫌。このまま離れるのなんか、もう嫌……!」
言い終わる前に、彼の暖かい腕がきつくあたしを抱き締めた。
「そんなん…俺だってイヤだ…!」
音の無い部屋に、二人の鼓動が響いている気がした。
「……俺たちは、ヴァンパイアなんだ」
ルイスはそのまま話しだす。
「昔は人間を襲っていたが、今は共存しようという動きになってきている。
王が俺と俺の弟分を人間の世界に派遣して、様子を探ってこいと命令した」
弟分の名前は『エミリオ』ってんだ、と小さく付け加える。
「でも共存しようという流れに逆らう奴らがいて…その中心人物が『ネフィリム』っていう、いけすかない奴でな」
「ネフィリム?」
「ああ、さっき会ったのはそいつの手足として動く『ロスト』っていう不気味な奴だよ。
…本来、王の許可がなければ人間の世界には行けない。
そこでネフィリムは、共存派に寝返ったフリをして、反共存派の仲間の何人かを殺した。
そうして王に忠誠を示し、人間の世界に降り立ったんだ」
もちろん…血を求める為の茶番劇だけれど、自分の私欲で仲間を犠牲にするなんて。
あたしは絶句してしまう。
「血は貴族が一番、って言われてるからな…。
だからあいつらはお前たちを狙ってる」
お前たち…つまりブラッドレッド家全体を。
あたし一人の問題だと思っていたのに、家族まで狙われていたなんて。
「みんな大丈夫かな…」
不安がるあたしの頭を軽く叩く。
ルイスは普段より少し優しく笑った。
「安心しろよ。手は出させねぇつもりだ。
…少なくともお前はな」
ポーカーフェイスを装っているが、ルイスの耳が少し赤い。
あたしは笑いそうになるのを堪えて、軽く頷いた。
「…ありがと」
頬をさす陽が赤い。
光はステンドグラス越しに見えた。
「もう夕方になるのね」
ステンドグラスの色も赤い。
「ああ、たぶんここにも匂いを嗅ぎつけてまた来るだろ。
―――バレッド、」
初めて名前を呼ばれた。
一瞬反応が遅れるが、さっとあたしの手を握る。
「…傍に居ろ、守れなくなる」
「………うん」
二人で手を繋ぎ、傾いていく陽を眺めた。
日が沈めば辺りは…漆黒の闇だ。
怖くて足がすくむけれど、つないでいるこの温もりが、あたしの道しるべ。
二人なら立ち向かえる。
そう思った。




