77.名乗り
「まず、名乗りからご説明しましょう。」
お願いします。微笑みのダメージは置いておこう。
これが終わればご飯だし、それで回復するだろう。たぶん。
「昨日隊長格に名乗っていただきましたが、そのことに関して、お詫びせねばなりません。
申し訳ありませんでした。」
えっ。何。何。何なの?この状況?
フェラリーデさんの緑の髪が目の前にある。
フェラリーデさんがひざまずいてるからだ。
…何事?
「あ、あの。頭を挙げて下さい。」
慌てて立ってフェラリーデさんの方に行こうとすると、手振りで止められた。
どういうことかわからず混乱する。
(名乗りって自己紹介のことだよね?それが何かマズイってこと?)
そう考えて、それもおかしいと思い直す。
ここに来た初日にフェラリーデさんとクルビスさんに自己紹介はしている。
いけないことなら、止められているはずだ。
なら、何故?疑問一杯にフェラリーデさんを見つめる。
「驚かせてすみません。ですが、お話しする前に先にきちんと謝罪しておきたかったのです。」
フェラリーデさんが立ち上がりながら言う。
驚きましたよ。いきなりでしたから。
「どうぞお座りください。本来なら、先に名乗りを説明してから紹介するはずでした。
いきなり名乗りに巻き込むことは失礼にあたるからです。先程の謝罪はそのことに対してです。」
ああ。それでですか。
そんなこといいのに。フェラリーデさん律儀だなあ。
「ですが、昨日キィが帰ってきたことによって3隊長が揃い、副隊長も揃って、キィが名乗ってしまいましたからね。
ハルカさんと顔合わせもしておきたかったですし、せっかくキィが力場を作ってくれたのもあって、そのまま皆に名乗ってもらうことにしたのです。」
キィさんが帰って来て、皆さんが揃ったからというのはわかります。
私もお世話になる方に挨拶しておきたいですし、皆さんお忙しいですから、私の紹介なんてついでで結構です。
それより力場ってなんなんでしょう。
名前を言うだけじゃなかったってことでしょうか?
「昨日もご説明しましたが、言葉を話すだけで魔素は消費します。
言葉の中でも、個体自身を表す言葉はさらに魔素を消費し、その言葉で個体自身を縛ることも可能です。
つまり、名乗った個体に対して治療も攻撃も出来る状態になるのです。」
…個人情報があれば魔法をかけれるってことですか。
そんなラノベがあったなあ。情報があれば個人の居場所がわかるってやつ。
単なるコミュニケーションの第一歩って思ってたんだけど…。
これかなり危ない話だよね?
「もちろん、危険なことですから、名乗った情報が盗まれることが無いように、名乗った者は無意識に周囲を魔素で覆って情報の流出を防ぎます。それが『力場』です。」
ああ。そうだよね。
そんなに名前が重要ならほいほい名乗れないもんね。
「力場は先に名乗った方が作ります。ですから、名乗りは熟練者、もしくは年長の者から行うのが通例となっています。」
ああ。だから、キィさんが先に名乗ってくれたんだ。
初日も、フェラリーデさんとクルビスさんからだったもんね。
「後から名乗る者は、言葉への魔素の消費だけで済みますので負担が軽いですね。
ただ、先に名乗った者の力量次第で、後から名乗った者の負担も変わりますので、一概には言えませんが。」
「キィさんは力量が高い方なんですね?」
話しを聞いて思ったことを質問する。
でなきゃ、昨日の流れにはならない。
「ええ。そうです。キィはあらかじめハルカさんのことをルシェリードさまから聞いていたそうです。
ですから先に強力な力場を展開してくれました。
あれ程強力な力場を用意するのは他の者には難しいでしょうね。」
さすが術士部隊の隊長さん。
トップクラスのプロは違うわ。
「じゃあ、名乗りが終わった後、私が大丈夫だったのも…。」
「キィのおかげですね。もちろん、ハルカさん自身の魔素の多さもありますが。」
ん?でも、先に名乗った方が魔素を消費するんですよね?
後から名乗った方は言葉を話すときの消費だけで済むはず…。
「個体を表す言葉は魔素の消費が通常より多いのです。種族名、一族名、自身の名前…情報を増やせば増やすほど消費は激しくなり、それだけ正式なものとされます。」
へえ。名前や種族名を並べる方が魔素を消費するんだ。
それだけ個人情報自体に力があって、実際に使えるっていうことだ。
名乗る相手には気を付けよう。
コミュニケーションの一環なんて甘い認識だと足元をすくわれそうだ。