8. 知らないものには近づかない
「後で長にもお話ししましょう。開発に加わって下さるはずです。見本にお借りしてもよろしいでしょうか?」
え、ホントに開発までやるんですか?
あったら便利だなぁくらいにしか考えてなかったんだけど。
ま、いいか。便利なものが増えるなら、それに越したことないし。
フェラリーデさんに頷いて、了解の意図を返す。
「ありがとうございます。後で布を外していただけますか?
この布はこちらにはない染めですので。」
フェラリーデさんが楽しそうに話す。
まあ、布が珍しいから、他の髪留めをって話になったんですし?外すのには賛成します。
だから、その笑顔の輝きを少し下げてもらえませんか?
まぶし過ぎて、目がチカチカします。
比喩じゃなくて、ホントに。
あ、なんか目が回ってきた…。
「ハルカさんっ。」
フェラリーデさんの声が遠くで聞こえる。
気が…遠く…。
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「ここは…?」
「医務局の奥の部屋だよ。」
声がする方を向くと、メルバさんが枕元の近くに座っていた。
手にはものすごくゴツい本を持っている。大きさも厚みも、百貨辞典2冊分はあると思う。
だから、メルバさんは優雅に膝を組んでその上で本を広げてるんだけど、本が大き過ぎて違和感があるんだよね。
こっちの本って、どれもあの大きさなのかな?だとしたら、私、持てそうにないけど…。
「気分はどう?君はいきなり倒れたんだ。」
メルバさんの静かな声が部屋に響く。
昨日も思ったけど、いつもの話し方とは違う…エルフの長として、お医者様として話す時はこんな感じになるみたい。
「大丈夫です。…いきなり倒れたんですか?どうして…。」
記憶が無いからそうなんだろうけど、理由がわからない。
昨日は魔素酔いを起こしたんだよね?今回は?
「ハルカちゃん、ゴムに触ったでしょ?それが原因。」
「え…。ゴムに触ったから倒れたんですか?」
「うん。ハルカちゃんはまだ魔素の訓練してないからね。垂れ流し状態なんだよ。
そんな状態でゴムを伸ばしたでしょ?
だから、魔素を一気に持ってかれて、倒れたの。貧血みたいなものかな。」
魔素が一気に減って、貧血みたいになったんですね。
なんで倒れたのかはわかりました。でも、ゴムを触っただけでそんなになるものかな?
すでに異世界のものにはいろいろ触ってるけど、こんな風になったことないし。
危険なものなら、フェラリーデさんが渡すはずないしなぁ。
「こっちのゴムってね。魔素を流した量で伸縮率が変わるんだ。
ディーくんに聞いたけど、ハルカちゃん、ゴムを軽々と引っ張ってたんだって?
多分、魔素が一気にゴムに流れ込んでそうなったんだよ。
それで魔素の量が低下して、倒れちゃったって訳。」
あ〜。引っ張った。引っ張った。何回も。あれが原因ですか。
やけに軽いなと思ったんだけど、あれ自分でやってたんだ。
…そんなの知らなかったし。
知らないって怖いなぁ。
「基礎的な訓練が終わるまで、ここのものに不用意に触らないようにしてね?
ハルカちゃんの部屋には大丈夫なものしか置いてないけど、ここは医務局だからいろいろ置いてあるんだよ。」
メルバさんの言葉に、ベッドの中でコクコク頷く。
知らないものには近づきません。絶対に。