別話 キィの失言(クルビス視点)
「母の件はわかった。ありがとう。助かった。」
「ぶはっ。」
俺がため息と共に礼を言うと、キィが噴き出す。
なんなんだ。
「わ、悪い。お前がこうも素直だと…ぷくくっ。」
蹴りいれるか。
俺が足を上げると、キィがもたれてた椅子の後ろに跳び跳ねる。
逃げたな。
一族の特殊な身体能力をこんなときばかり発揮させやがって。
「ちっ。」
「いやいやいや。お前の脚力で蹴られたら穴が開くから。だから、悪かったよ。いい傾向だと思ったんだって。
…まあまあ、ハルカさんに説明はしとけよ?いきなりメラ様とご対面はキツイだろ。」
まくし立てたと思ったら急に真面目な顔をして言う。
話題を変えたな。まあ、本当のことなんだが。
あの母のことだ。何をハルカに吹き込むかわかったもんじゃない。
しかも、母は良くも悪くも強烈な印象を相手に残すタイプだ。引かれなきゃいいが。
この忙しい時に…。
中央もおかしなことになりそうなんだから出て来なくていいんだが。
いや、今は祖父さんが中央にいるから、逆に出てきやすいのか。
親父も各一族の長達もいるしな。くそっ。
「でも、あの子なら大丈夫そうだけどな。」
キィがあさっての方角を見ながらポツリと言う。
あの子?ハルカのことか。
「ああ。ハルカは強いからな。」
「おおっ。会ってまだ3日だろ?そこまでわかるのか?」
引っ掛けか。この野郎。
これでもくらえっ。
からかうようにキィが聞いてきたので、身体を回転させて尻尾を振り回す。
イスが壊れたか。まあいい。
「っあっぶねえ~。何すんだよいきなり。」
キィは壁際にまで逃げている。
こういうときだけ無駄にすばやいな。
「うるさい。笑うな。」
「いっ、いや笑ってねえよ?何でそこまで言えんのか、ぷ、不思議なだけだって。」
「声と魔素が笑ってる。」
「わかんのかっ?」
「やっぱり笑ってたか。」
俺が近づいていくとキィが違う、違うと首を横に振る。
ここで甘くすると後々まで同じネタでからかわれるに決まってるからな。
さて、どうしてやろうか。
カッカッ
壊れたイスの所まで来ると、シェロンの音が響いた。
誰だ?
「おお。誰だ?気の利くっ。」
ちっ。邪魔が入ったか。だが、緊急かもしれない。
俺が仕方なくドアを開けると、そこにはキーファが立っていた。
「お話し中失礼致します。実は、先程からお二方の魔素に部下が怯えて仕事になりません。
そこのアホガエルのことは、如何様にもなさって下さって結構ですので、もう少し魔素を抑えていただけますでしょうか?」
しまった。ハルカのことを指摘されて魔素が膨れてしまったか。
まあ、キィの結界が健在だから微々たる量だろうが、隣の部屋で仕事してるキーファ達には圧力だったろう。
「悪かった。気をつける。」
俺が謝罪すると、キーファは軽く頷いて礼を取った。
そこにキィの文句が飛ぶ。
「酷いっ。キーファっ。お前、俺の副官だろっ?」
「ええ。副官ですが、何か?」
「助けろよっ!」
「何故?」
「いや。何故って…。副官なら上官をサポートしてだな?」
キーファとキィの言い合いが始まった。
俺は横にズレて2つの間からどくことにする。
「サポート?もちろんしておりますとも。あなたが溜めに溜めた3ヶ月分の書類を今必死に片付けているところです。
…隊長が頑張っている可愛い可愛い部下を置いて、美味しいお菓子を食べに行かなければ助けたんですけどね?」
ああ。キーファも聞いてたのか。
それで自分だけ試食に行ったのか?キィもよくやるな。
スタグノ族はどの一族も食べることに非常に興味と執着を示す。
食べ物を巡って殺し合いにまで発展した例も多数ある。
キィほど顕著ではないが、キーファも食に対する関心は高い。
ルドの試作は必ず食べているし、美味い店には大抵行ったことがあるらしいからな。
そんなキーファが置いてきぼりを食らった…。
関わらない方がいいな。キィはキーファにまかせるか。
「いや。あれはだな?試食だったし、俺とリッカしか誘われてなかったし、数が足りねえだろうなってことで…。
あ。新メニュー決定したぞっ。今日試食したのが食堂のメニューに加わるらしいっ。」
ぴくっ
キーファが僅かに反応したな。
もう少しか。
「今回はスイーツばっかだけどな。俺も賛成したんだっ。抹茶のかき氷と豆菓子だっ。」
「…抹茶ですか?」
不思議そうな様子でキーファが聞いてくる。
興味を示したか。さすがスタグノ族。
「おおっ。これが中々変わっててな。まあ、なんだ。お前もここに座って聞いて行けよ。なっ?」
キィの勧めにキーファがちらりと俺の方を見る。
俺が頷くと一瞬だけ目を輝かせて部屋に1礼してから入って来た。
上手くやったな。キィ。
まあ、俺もキーファを敵に回したいわけじゃない。
ついでだ。中央の話はキーファにも聞いてもらう方がいいだろう。
都合良く、キィも俺をからかってたことを忘れてるみたいだし、話も進むだろう。