53.餡子完成
「この黄色はどうする?」
「これはちょっと味が違うので、このまま鍋から上げてつぶして、ミルクとバターを入れてオーブンで焼き上げます。」
「あ。メルとビーンのことだよ~。」
私が説明するとメルバさんが通訳してくれ、ルドさんは早速塩壺とミルク瓶とバターケースを出してくれた。
通訳ありがとうございます。
「ここにはミルクもバターも何種類かあるから、それぞれ名前があるんだよ~。ハルカちゃんが考えてるミルクとバターにはメルとビーンが一番近いかな~。」
あるんだ。バター。それも何種類も。
いや、一昨日ミルクがあるって聞いた時点で勝手にそう思ってたんだけどさ。
ここって技術レベルが高いし。
よし。メルとビーンね。覚えとこう。
そうそう。技術レベルが高いと言えば、他にも嬉しいことがあって。
なんとコンロがあったんだよね。
それもスイッチで火をつけたり、火力調節できるタイプ。
なんて便利なんだろう。
水道も簡単なレバ―式だったし、至れり尽くせりだ。
私、こっちでも1人暮らし出来そう。
良かった。ちょっと安心した。
「塩はこれくらいでいいか?」
「あ。もうちょっと少なめで…はい、それくらいでお願いします。もう火が通ってるので、軽く煮るだけでいいので。」
ルドさんに塩の調整をお願いして、私はボールにあげた黄色の豆を潰しながらミルクとバターを加えて味見をする。
もうちょっとミルクいれてみようか。甘いんだよね。
これ以上はゆる過ぎるからこれくらいにして…まとめて並べて、よし、後は焼くだけ。
味の方はこれでもまだ私的には甘い気がするけど、しょうがないかな。
「出来ました。後は焼き目が付くまでオーブンで焼きます。」
「こっちも出来た。こっちが半分つぶしたの。こっちが全部つぶしてこしたやつだ。」
え。早っ。
粒あんはともかくこしあんまで。しかも2種類。
これが1級の調理師の腕かあ。すごいなあ。
プロ中のプロだ。
「もうですか。わあ、きれいな餡。さすがですね。」
「ははっ。普段はこの100倍の量を扱うからな。軽いもんだ。」
ああ。ここに務めてる方々全員分ですもんね。
毎日が戦場なんだろうなあ。
「後はこれに焼き目をつくくらいに火を通すのか。」
「はい。豆にはもう火が通ってますから、時間はかかりません。ですが、砂糖が入っている分焦げやすいので。」
「様子を見ながら焼いてみよう。」
ルドさんと頷きながら話を進める。
プロの方なのに私みたいなシロートの話も真剣に聞いて下さるし、真面目に対応して下さる。
ルドさんっていいひとだなあ。
新しい知識にも貪欲で、真摯で、プロ中のプロって感じだ。
「まあ、綺麗なものですのね。」
布を腕に巻いてるリビーさんが目を輝かせて餡子を見ている。
確かに、鮮やかなベリーピンクと紫の餡子が艶のある光沢を放っていて、なんだか宝石みたいだ。
「わ~。これは目に楽しいね~。」
髪をくくってるメルバさんも楽しそうに絵に描いている。
静かにしてたからわかりにくかったけど、二人ともエプロン姿で私とルドさんの作業をさっきからメモに取っていた。
メルバさんは里でも作りたいと言い、リビーさんは旦那さまのキィさんに作ってあげたいとのこと。
私は特に問題ないので許可を出すと、リビーさんには感謝され、ルドさんは驚いていた。
ルドさん曰く、知識の保護の観点から知らない他の技術者の仕事を見学できる機会はほとんどなく、まして記録など有り得ないという事らしい。
…知識の保護も大事だけど、食に関してはもうちょっと考えなきゃマズいんじゃないかなあ。
これじゃあ、いつまでたっても美味しいスイーツが広まらない気がする。
何か公開の方法と考えないと。
ま、とにもかくにも、餡子は完成。
メルバさんが早速食べたがってるけど、冷めるまではだめです。