49.お菓子作りは特別らしい
「ごちそうさまでした。」
ああ。美味しかった。
お魚とフルーツソースがあんなに合うなんて。
さっぱりしてて食べやすかったなあ。
『ミンクのフルーツソースがけ』ね。覚えとこう。
盛り合わせのフルーツはマンゴーとアセロラとメロンの組み合わせで、もちろん美味しかった。
アセロラがこれまたさっぱりで、口の中がスッキリしてる。
「ハルカ。」
何でしょう?
私がそう聞く前に頬っぺたにクルビスさんの手が伸びる。
ヒョイっ
パクっ
そんな音が聞こえそうな軽快さでクルビスさんが指をくわえている。
……。
何。今の。
「ついてた。」
…はい?
つまり。私の頬っぺたにご飯が付いてて、それをクルビスさんが取ったと?
「あ、ありがとうございます。」
何とかお礼は言ったけど、クルビスさんは気にした様子もなく「お茶を取ってくる」と食べ終わったトレーを持って部屋を出て行った。
何あれ。
何あれ。何あれ。何あれ。
何で自然にあんなの出来ちゃうかな。
『ヒョイパク』なんて小さい時以来ですよ。
お姫様抱っこといい、こっちではこれくらい普通なの?
クルビスさん当たり前みたいにしてたけど。
ってことは誰にでもしてる?誰に?
…やめよう。知らないことを考えても不毛だ。
こっちの習慣なら後でフェラリーデさんやアニスさんに聞けるばわかるし。
…クルビスさんがたらしってことじゃないよね?
「ハルカ。俺だ。入っていいか?」
そんなことを考えてるうちに、戻ってきたクルビスさんが部屋の外から声をかけてくれる。
こういうところが紳士なんだよね。だからさっきは驚いたんだけど。
「どうぞ。」
入って来たクルビスさんは片手に木製のコップを載せたお盆を持っていた。
いつもの磁器のカップじゃないんですね?
「ロム茶だ。冷たいロム茶は定番の飲み物だ。リードも良く飲んでいるから、口に合うと思う。」
冷たいお茶ですね。
昼間は熱いお茶は辛いので助かります。
礼をして受け取ってさっそく1口飲んでみる。
ここの飲み物は今までどれも飲めたから抵抗はない。
ちょっとくらい黒っぽくても平気。ウーロン茶みたいだし。
あ。味は麦茶だ。
「ロムはリギによく似た穀物で、大体は粉にして使う。これは炒って茶にしたものだ。」
ロムって麦のことですか。
粉にするって言ってるし、たぶんそうだ。
へえ。じゃあ、お菓子の材料って結構ありそうだなあ。
後でメルバさんに確認してみようか。
「お菓子の材料にもなりますか?」
「ああ。果物と混ぜて焼いたりする。」
私が聞くと意外そうな顔でクルビスさんが答えてくれる。
果物と混ぜて…ケーキみたいなもんかな?実物みたいなあ。
「そうなんですか。…実はメルバさんとの約束で、午後から私の故郷のお菓子を作れないかやってみようということになってまして。材料になるかなって思って聞いてみたんです。」
「ハルカはスイーツが作れるのか?」
事情をクルビスさんに説明すると、とても驚かれた。
何でも、こちらではスイーツはそれぞれのお菓子の専門の技術者が作るものであって、一般のひと達は作り方も知らず、お店で食べるか買うしかないんだとか。
技術者の知識の保護がここでも適用されるらしい。
うーん。徹底してるなあ。
でも、これで納得した。そりゃ、スイーツのバリエーションも増えないわ。日本とは逆だ。
今の日本ではその気になれば誰でも作れるようになるから、日々スイーツの種類が増えていってるし。
じゃあ、料理も教えてもらえないのかな?
買うのが当たり前とか?
「午後からか…。その、俺は仕事なんだが、よければ出来たら呼んでくれないか?俺も食べてみたい。」
「ええ。もし上手く出来たら試食して下さい。同じものが出来るかわかりませんけど。」
食べてもらえるのはありがたい。
こっちのひとの口に合うなら、お菓子作るのを商売に出来るかもしれないし。
何が生活の糧になるかわかんないもんね。
ここにいる間にいろいろやってみようかな。
まあ、こっちの材料でどこまで出来るかわからないんだけど。
私が試食を約束すると、クルビスさんは目を細めてそれは嬉しそうな顔をした。
…上手く出来たらですよ?
出来なかったらどうしよ。