別話 ミンクのフルーツソースがけ(キィランリース視点)
「おお。美味そうな匂いだな。」
「オルチの匂いですっ。」
1階に上がると、美味そうな匂いが濃厚になる。
それを思わず口に出すと、ルシンが食堂のカウンターに駆け寄りながら料理の名を叫んだ。
わかんのか?すげえな。
料理長のルドがそれを聞いて「当たりだ。」と笑いながら、ルシンに料理を乗せたトレイを渡す。
オルチはオルチムの赤い実と肉団子のさっぱりしたシンプルな煮込みで、肉団子がいくらでも入る。
家庭料理の代表みたいなもんで、ここの人気メニューだな。
しかし、成長期のルシンに合わせて量が多いのはわかるが、ちょっと多過ぎねえか?
肉団子が山盛りになってて、零れ落ちそうだ。
他の料理も乗ってるんだろうが、こっちからだと肉団子の山しか見えねえな。
「あなた~。」
俺の耳に鈴を転がすような軽やかな声が聞こえる。
ああ。この声を聞くと疲れも吹っ飛ぶな。
「リッカ。待たせたな。」
声のする方を向くと、真ん中のテーブルに座って愛らしく手を振る伴侶の姿が目に入る。
自然に口元が緩むのを自覚しつつ、伴侶の待つテーブルへと足を向ける。
「いいえ。今着いたところですの。料理を取りに行きましょう?」
リッカの小さな手に引かれてカウンターに向かう。
途中でルシンにリッカのいたテーブルに着くよう言って、長様の後ろに並んだ。
「リル~。久しぶりだね~。」
「お久しぶりですわ。長様。いつ見ても素晴らしいお髪ですわね。」
「ふふっ。ありがとう。僕たちも一緒でいい?」
長様がルシンが座ったテーブルを指して言うと、リッカは「もちろんですわ。」と快く了承した。
そこにルドが「ご注文は?」と声をかけ、長様は「ミンクのフルーツがけ。」と注文をした。
ミンクか。白身の魚だが、中々味が濃くて美味いんだよな。
しかし、キットの炒め物やカカクの包み焼きも捨てがたい。
「私もミンクで。」
リッカもミンクか。
じゃあ、俺もそうするかな。
「俺にも。あるか?」
「あるぜ。今日は隊長さま達に良く売れるな。」
隊長さま達?
リードを見ると、魚にフルーツソースのかかった器が乗ってるトレイを受け取っていた。
成る程な。
俺の場合はたまたまだが、深緑の森の一族はあまり加工前の肉を好まない。
ほとんど燻製にしたり、香草に付け込んだ肉を調理して生活している。
だが、それだと新鮮な食材の魔素に比べて、取り込むのに時間がかかる。
守備隊勤務ではそうもいかねえから、ここでは卵や魚を食べてなんとか補給している。
どうも肉の匂いがだめらしい。
魚も匂いが鼻につくそうだが、ソースや香草を少し加えれば大丈夫なんだそうだ。
そんなに鼻の利く種族じゃねえのにな?
不思議なもんだぜ。
まあ、無理なもんはしょうがねえ。食えるもんがあるならそれでいいだろ。
「それってもしかして~。クルビスくんも~?」
「ええ。よくご存知で。2つ分持っていきましたよ。…いそいそと。」
「ぶはっ。」
ルドの言葉に思わず吹き出す。
だめだ。さっきは訓練中だから我慢してたが、もう抑える理由がねえから止まんねえ。
だって、あのクルビスがだぜ?
いつも冷静で、仕事一筋で、感情を表にほとんど出さないやつがいそいそと?
ルドにそう見えたんなら、他の隊士にもバレてんな。
もしかして尻尾も揺れてたりして…ぶははっ。
2つってことはあのお嬢さん、ハルカさんの分もだよな。
お、お揃いのメニュー。ぶはははっ。