47.訓練終了
「それで~?ルシン。深呼吸は上手くできた~?」
「えっと。ちょっと難しいです。苦しいのですぐに口で息をしたくなります。」
メルバさんの質問にルシン君が考えながら答える。
深呼吸って慣れないと難しいんだよね。特に子供の時は。
「うんうん。口で吸った方が楽だろうね~。でも、口だけで息を吸うと、1度にたくさん吸いこみ易いから気を付けないとね~。ブレスになり易いし~。」
「あ。それ、先生に言われました。ぼくの呼吸はブレスを吐くときのものだって。」
ブレス?
ルシン君はドラゴンだから、ブレスっていうとドラゴンのブレスっ。
(どんなのだろう。炎が出るのかな?それとも毒霧みたいなやつかな?)
ファンタジーな言葉に1人でワクワクしていると、メルバさんが頬に指をあてて何か考え始めた。
男性であの仕草が似合うひと初めて見た。
愛嬌があるっていうか、違和感がないっていうか…エルフだからかな?
それともメルバさんだから?美形は何でも似合うってこと?いいなあ。
「ん~。ブレスの呼吸か~。よくあることだね~。なら、ルシンは訓練中は深呼吸するようにしようか。
鼻だけで息を吸えば、ブレスの呼吸にはならないし~。」
「はい。」
「うん。じゃあ、そのまま続けてみて~。続けられるようになったら、魔素の操作の基本をおさらい。
ただし、深呼吸に慣れてからだよ?吸うときは鼻だけ、吐くときは口だけだよ~。いい~?」
「はい。」
私がドラゴンのブレスに気を取られてる間に、メルバさんとルシン君で訓練の方針が決まったみたいだ。
深呼吸がルシン君のお役に立てたならよかった。
私にとってはただの深呼吸なんだけどなあ。
はっ。これも異世界知識の流出になるのかな。まずいかな。
…でも、メルバさんも知ってたし、名前が無いだけで深呼吸自体はあるみたいだったしなあ。
好意的に受け止められたみたいだし、大丈夫な気がする。
うん。いけるいける。
地球のスイーツ作る約束もしてるしね。
「さて、じゃあハルカちゃんはさっきの動作を10回繰り返してみて、しんどくなったらそこでやめていいから。」
「はい。」
とと、私の番だ。さっきの動作って、魔素の移動だよね?
あれを10回…出来るかな。
まあ、しんどくなったらやめていいって言われたし、やれるだけやってみますか。
魔素を操るのは生活に必要みたいだし。がんばろう。
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結果…8回でダウン。
いやはや。しんどいのなんの。
呼吸を落ち着けてもやもやを移動させるだけなんだけどね?
それが、やるたびに身体が重くなっていって。
8回目で魔素を丹田に戻したところで膝から力が抜けました。
クルビスさんが支えてくれたから、こけなくて済んだけど。
「うん。よく頑張ったね~。8回なんてすごいよ~。」
「ああ。すごいな。ハルカは。」
メルバさんとクルビスさんに褒められて、膝に力が入らない情けない状態だったけど、充実した気分だった。
「じゃあ、そろそろお昼だから、クルビスくんハルカちゃんを彼女の部屋に運んでおいてくれる?」
「はい。」
クルビスさんが返事をしたと思ったら、視界が反転する。
え。何これ。何で天井が…。
「ハルカ。昼は一緒に食べよう。」
嬉しそうにクルビスさんが覗き込んでくる。
見覚えのある感覚…これ、お姫様抱っこだ。
「お、降ろしてください。歩けます。」
「危険だ。あれだけ魔素を操作した後だから、無理に身体を動かさない方がいい。」
いやでも、皆見て…へ。危険なんですか?
確かに膝に力が入らなかったけど。そんなに?
私が首を傾げると、クルビスさんが真面目な顔して頷くので、納得することにした。
このひとがこういう顔する時って、引く気がない時、大事な時みたいなんだよね。
だから、まあ、仕方ないですね。
運ぶのにお姫様抱っこでなくてもいい気もしたけど、しぶしぶOKした。
私が大人しくなったのを確認すると、クルビスさんは嬉しそうに目を細めて、軽い足取りで鍛錬場の出口に向かう。
…ホントに危険なんですよね?抱っこの口実じゃないですよね?