43.もやもやは魔素
「うんうん。ちゃんとわかるんだ。
じゃあ、それを手の平に移動出来る~?」
えっ。これ動かせるんですか?
思わず目を開けてメルバさんを見る。
メルバさんはにこにこと頷いているだけだ。
どうしよ。どうしよ。
っとと、確かこういう時は慌てず静かに落ち着くんだっけ。
パニックにならないように目を閉じて深呼吸する。
――――いいか。はる。へその下には丹田っていう部分がある。ここだ。わかるか?
そこに意識を集中してゆっくり深呼吸してみろ。…ほら、ちょっと落ち着いてきただろう?
あー兄ちゃんの声が思い出される。
小さいころ、感情的になると頭が一杯になって、よく泣きだしてた。
しかも、そのまま走り出してこけたりするもんだから、余計泣きじゃくって。
見かねたあー兄ちゃんが、当時習い始めていた合気道の先生に相談して、落ち着けるように呼吸の仕方を教えてくれたんだよね。
――――お前は慌てると目の前のことに頭が一杯になる。
家にいるときならいいが、外では危ない。どうしたらいいかわからなくなったら、深呼吸するんだぞ?
息をゆっくり吸って、細く吐いていく。
お腹に意識を戻して、塊みたいなものを手の平に…。
上手く動かない。ホイホイ動かせるものじゃないみたい。
もう一度。息を吸って、細く吐いて、今度は少しだけお腹から胸に…。
「あ。」
動いた。胃の辺りだ。
これくらいなら動かせる。
「お~。出来てる出来てる。そのままゆっくり胸まで動かせる~?」
メルバさんの声が聞こえる。
うん。このまま動かせそうだ。
「よし。そのままゆっくり肩、腕を通って…。」
肩。腕。ひじ。手首。
そして、手の平に。
手の平をゆっくり上向きにしてそこに乗せるようにイメージする。
目をゆっくり開けると、メルバさんの満面の笑みが視界に飛び込んできた。ぐっ。
が、我慢。我慢。せっかく集めたのが散っちゃう。
深呼吸。深呼吸。ふ~。よし。
「さすがだね~。ほら、大丈夫そうでしょ?」
メルバさんが横を向いて言う。
そっちを見ると、クルビスさん以下4名のポカンとした顔が見えた。
クルビスさんとフェラリーデさんのこの顔は一昨日見てる。私が人口の話をしたときだ。
ルシン君は昨日見てるかな。ううん。昨日より口が全開に開いてる感じだ。
キィさんは大きなお口をカパッと開けてるから、ピンクの舌がよく見える。
…私、そんなに変なことしたのかな。どうしよう。異端視されたら。
「あの、これって何なんですか?この手の平に乗ってるのって…。」
怖くなって、上機嫌のメルバさんに聞いてみる。
わかんないことは聞く。異世界での必須です。
「ああ。それね~。ハルカちゃんの魔素だよ~。いろいろ特性が混ざってるね~。
さすが「黒」の魔素持ちだよ~。熱かったり冷たかったり、いろいろ感じるのは複数の特性を持ってるからだね~。」
え。このもやもやっとしてよくわかんないものが「魔素」ですか。
目を凝らして手の平の上を見るけど、何かあるようには見えない。
「…何も見えません。でも、何かはあります。」
そう。見えないけど、まだ「それ」は手の平の上にあるのを感じる。
感じるものと見えるものが違うのってすごく違和感がある。
「うん。まだ、見えないと思うよ~。手の平に集めただけだしね~。
訓練すれば見えたりするよ~。」
あ、訓練しないと見えないんですね?
ジッと手の平を見つめるけど、やっぱり変化は見えない。今は無理か。
「ふふ。ね?移動させても、維持させても魔素が揺れない。
呼吸の仕方も知ってたみたいだしね~?」
「はい。兄から教わりました。」
私が答えるとメルバさんは満足そうに頷いた。
…メルバさん、あー兄ちゃんから聞いてたんじゃないかな。
私や妹の呼び方まで聞いてたくらいだし。
で、知っててやらせたと。説明して下さいよ。
「で。そろそろ戻っておいでよ~。
いいでしょ?術士用の訓練に入っても。」
メルバさんが聞くと、フェラリーデさん達がハッとしてコクコク頷いた。
ルシン君はもちろんだけど、クルビスさん達がやると何だか可愛い。
…ん?思わず和んじゃったけど、この流れはそのままプロ用訓練に入るってことですか?
え。それって普通のことなの?変な目で見られない?
「あの。それって普通のことなんですか?」