別話 西地区2(フェラリーデ視点)
「ありがとうございます。とっさの対処だったのですが、上手くいきました。
最初は陽球の貸し出しも考えたのですが…。」
「貸し出しは混乱を招いたでしょう。盗まれる可能性もあったでしょうし、調整出来る者にも限りがありますからね。」
私の話に首をゆるく振って、ビルム殿が我々が考えたことと同じことをおっしゃいました。
すぐに答えられた様子を見ますと、ビルム殿も陽球を使うことは思い付かれていたのでしょう。
ですが西地区では被害が少なかったそうですし、提案されることはなかったのでしょうね。
それに、今の西地区の隊長たちは個々の主張が強く、他の地区に比べてまとまりが今一つです。たとえ被害が酷く、陽球の必要があったとしても一隊士の提案が受け入れられたとは思えません。
「私もそのように考え、どうしたものかと思いました。…実はクルビス隊長の案なのです。
詰め所なら場所と見張りと調整役が解消するだろうと。」
「そうですか。クルビス隊長の…こちらは活気に満ちていますね。市もすぐに立ったそうですし、ほとんどの店が通常通り開いていると聞きました。対処が適切だったからですね。」
はて。「聞いた」ですか。昨日の今日で様子が伝わるには早すぎますし、ビルム殿は西の守備隊本部から転移陣で来られましたから、外の様子はご存知ないはず…。
そこまで考えて、私の頭にある事実が浮かび上がりました。彼の伴侶殿です。
「サリエ殿に聞かれたのですか?」
「ええ。…すみません。いきなり過ぎましたね。今朝、サリエから熱心に聞かされたものですから、つい口に出してしまいました。北の店では、材料の調達が昨日のうちには可能だったと驚いていましたよ。」
ビルム殿の伴侶、サリエ殿はヘビの一族で腕のいい魔技師でもあられます。
彼女の得意とするのは義足や義手などの失った身体の一部を補うものを作ること。まるで本物の手足のように使えるというのですから大したものです。
数々のお抱え技師の誘いを断り、現在は西の北側に工房を構えて、住民の義手義足の調整はもちろん杖や車いすなどお年寄りの助けとなる道具を開発しているとか。
サリエ殿なら昨日のうちに何か作っていてもおかしくないですね。そのために材料の確保に動かれたのでしょう。
「昨日のうちにですか…。それは知りませんでした。私はここで待機していたものですから。」
「私もサリエに聞かなければ、街の様子は知り得ません。医務局にいるとついつい外の様子に疎くなってしまって。」
ビルム殿が苦笑しながらおっしゃることに、私も苦笑しながら頷き返します。
我々医療部隊は備えの部隊です。ケガや病気の治療が主な役目ですので、出来る限り医務局に詰めることになります。そのため、外との直接接触する機会が少ないのです。
おそらくビルム殿に聞かなければ、街の様子を知るのももっと後だったでしょうね。
この情報の遅さはどうにかしなければと思いつつ、これといった手立ては打てていません。
ビービービー
そんな話をしているうちに、転移陣を起動させた音が鳴り響きます。
「っ。何事ですかっ。」
「ああ。これは転移陣が起動したのを知らせるものです。…長が開発されまして、今試験中なのですよ。」
「これも長の開発ですか…。」
「はい。少し失礼します。」
ビルム殿に音の正体を告げて、転移陣の部屋に向かいます。
通信機を繋げると、出たのはクルビスでした。
「リード。クルビスだ。今からそちらに戻る。」
「クルビスっ。もういいんですか?」
「ああ。報告だけだからな。後はキィに任せてきた。」
それを聞いて、キィの恨めしそうな顔が一瞬浮かびます。
クルビス。あなたキィに押し付けてきましたね?
珍しいこともあるものです。
これはあれですね。ハルカさんに会うために帰ってくるんでしょうね。
いい傾向だと思いながら、大事なことを思い出します。
そうでしたっ。ハルカさんが倒れたことを伝えなくてはっ。
「クルビス。こちらへ来たら伝えたいことがあります。とりあえず、転移を繋げますね。」
「?ああ…。よろしく頼む。」
通信を切って、転移陣に魔素を流し受け入れのための準備をします。
ほどなく、転移陣の上に黒い影が映りました。その影はだんだんハッキリしていって、数針の後にはクルビスが立ってそこにいました。
通常の転移はこんなものです。昨日のように長が一瞬で転移して来た時は驚きました。
一応知らせはあったものの、知らせを読み終わったと思ったら転移です。心臓に悪いのでやめてほしいのですが…。
「おかえりなさい。クルビス。」
「ただいま。それで?伝えたいこととは?」
「ハルカさんが倒れました。」
「っっ。」