106.ジルベール・ジジ
「フォッフォッフォッ。それでは名乗らせてもらおうかの。お前さんなら大丈夫そうじゃ。」
クルビスさんに会いたいと思ってると、おばあさんが立ち上がる。
慌てて立ち上がりながら、今さらながら、名乗っていないことを思い出した。
(魔素が強いって言ってたもんね。私に影響がないか見てくれてたのかな。)
私は気にしなくてもいいんだろうか。魔素の量は結構あるみたいなんだけど。
これもフェラリーデさんに確認しておこう。
「我はシーリード族が一角、古の知恵者、ドラゴンの一族の星読み。名を『大地の楔』、ジルベール・ジジという。異なる世界から招かれし者よ。そなたに海と森の祝福があらんことを。」
ルシェリードさんに聞いたのと似ている。
これはとても正式な挨拶だ。こちらもきちんと名乗らなくては。
「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。私は異なる世界よりまいりましたヒト族の娘で、名を里見遥加と申します。里見が家族名で遥加が個人名です。どうぞハルカとお呼び下さい。」
ひざまずいて、ルシェリードさんにしたように挨拶する。
周囲には痛いほどの静寂と清廉さが満ちている。これもルシェリードさんに挨拶したときと同じだ。
クルビスさん曰く、古式ゆかしい正式な挨拶は、世界に宣誓するという意味を持つらしい。
そのため、この形式の挨拶をするときは場を特殊な結界で覆い、一種の聖域とするそうだ。
「ハルカ。お前さんのことを歓迎しよう。どうか、あの子の傍にいておくれ。」
直感でわかる。最後のはジルベールさんのお願いだ。あの子というのはクルビスさんのこと。
さっき傍にいるといいって言われたのと違う感じなのは、たぶん、占い師としてでなく、これがジルベールさん個人の願いだからだと思う。
「はい。何があってもクルビスさんから離れません。」
出会って数日で何をと思われそうだが、まぎれもない心からの言葉だ。
こちらの世界で初めて会ったひと。愛しいひと。
私の心が壊れそうな時に傍にいてくれたひと。
ここにいていい理由をくれたひと。
だから、私も…。
(傍にいる。クルビスさんの傍に。これだけは譲れないんだから。)
ねえ、『世界』。聞いてる?
私はクルビスさんの傍にいるから。離れないから。覚えといて。
「ありがとう。あの子は幸せだ。世界もハルカを受け入れた。」
その言葉で感じていた清廉な空気が遠のいて行く。
認められたの…かな?
(これで、この世界にとって『いても良いもの』になれたのかな?)
それなら嬉しいけど。
ジルベールさん、そのために正式な挨拶してくれたのかな。アニスさんやシードさんもいるのに。
立ち上がってふたりを見ると、案の定、固まっていた。
そりゃ驚きますよね。すみません。巻き込んで。