90.ミネオの店
しばらくすると、水色やラベンダー、ピンクに白といったパステルカラーの布の店が見えてきた。
さっきの店からさらに15分くらい歩いたところで、人混みがさらに多くなって歩くのが大変になっていた。
それでも、背伸びしてるアニスさんを真似ていろんな店を眺めていたら、その店を指してアニスさんが次の目的地だと教えてくれる。
「あそこがミネオの店です。レースなんかも扱っていて、可愛い服が多いんですよ。」
んん?ミネオ?
何だか馴染みのある名前だなあ。すごい偶然。
「店主は深緑の森の一族で、可愛い物が好きなんです。今はお孫さんと一緒にお店をやっています。あ、あそこに座ってるのがミネオさんです。」
何とか人混みを抜けて店の前にくると、アニスさんがお店の説明をしてくれる。
お店の前には繊細なレースに囲まれたお祖父さんが下を向いて座っていた。
白髪のエルフだ。顔に刻まれたシワと老木のような雰囲気が生きてきた年月を感じさせる。
お年を召してるけど、体つきは頑強そうだ。
見事な白髪を一つにくくって、頭にサークレットを付けている。エルフっぽいなあ。
先にこっちがエルフの長だって紹介されたら信じちゃったと思う。
「こんにちはミネオさん。」
アニスさんが声をかけるとお祖父さんが顔を上げる。
お祖父さんは一つ頷くと、また下を向いて何か作業を始めた。
これ、レースだ。動きが早すぎて見えないけど、どんどん編みあがっていく繊細なレースに目を奪われる。
職人技だなあ。うん。ここでレース買っていこう。服に縫い付けるんだ。コサージュもいいな。
「すごいでしょう?ミネオさんの腕はルシェモモ一だと言われてるんです。」
「ええ。すごく細かくて繊細で、月並みな表現しかでないんですけど、綺麗ですねえ。」
「…つきなみ?」
うわっ。ビックリしたっ。
お祖父さんがいきなりしゃべった。
「…え、ええ。すみません。上手く言葉が出なくて。ただ見とれるくらい綺麗だったものですから…。」
「そうじゃない。…今、月並みっていったか?何で知ってる?お前、一族じゃないだろう?」
え。月並みって、毎月のことを指してて、そこから決まりきったものっていう意味が出来たはず…。雑学の本で読んだ。
そんなに変なこと言ったかな?
「あの、ハルカさん。つきなみってどういう言葉ですか?」
「え。あ。ああ。毎月のことって意味で、そこから決まりきったことを意味するようになった言葉です…けど…。」
お祖父さんがじいぃっと私を見てる。
アニスさんは困惑顔だ。まさか失敗した?
(しまった~。もしかして、こっちにない言葉使っちゃった?でも、辺境出身って設定だし、地元で使ってたんです~で押せば何とかなるよね?)
自分の失敗に気付いたものの、即座に笑って誤魔化すことにする。
だって、これ以上説明出来ないし。
「…アタルに似てる。」
ボソリとお祖父さんがつぶやいた。
あんまり小さい声だったから聞き逃しそうになったけど、聞きなれた名前が耳に入って来た。
(お祖父さん、今、『アタル』って言った?何で…。あ。そっか。あー兄ちゃんエルフの里に住んでたんだっけ。)
疑問に思った瞬間、メルバさんの顔が浮かんで答えが出る。
年長のエルフはあー兄ちゃんのこと知ってるんだっけ。
でも、言うわけにはいかないよね。
ここは黙ってにっこり笑っとこう。兄がお世話になりました。