15. 夜の散歩(1)
できないことができるようになるって楽しい。
例えば、鉄棒で逆上がりができなかったとき、必死に練習してできるようになった。自転車が乗れなくて、泣きながら練習して、乗れるようになった。
あの時の感動と同じなんじゃなかろうか。
なにがだって?
決まってるよ。自由自在の幽体離脱。
あれから1時間、体から出たり入ったりを繰り返していた。その結果、元々入るのは簡単にできてたけど、出るのも簡単にできるようになった。
必死にイメージしなくたって、出ようと思えばホイホイってなもんだ。
そうなると、今度は体から出るだけじゃなくて、この部屋から出たくなる。
私は空中に浮かびながら考えてた。
(幽体離脱する時は、イメージを強く持つんだから。この部屋から出るときも、きっとイメージを強く持つんじゃないかな)
と言うことで、この部屋を出て行くイメージを持つ。
どんなイメージがいいだろう。
壁をぶち壊して出て行くか? それとも、幽霊のように壁を通り抜けるか?
そんなことを考えている私の本体は、ベッドでだらしなく伸びてる。
こうしてみると、真面目にだらしがない。
ちょうどそこに、弟が入ってきた。
ドアをドンドンと叩いて、
「姉ちゃん!」
と入ってくる姿は、デリカシーの欠片もない。
「姉ちゃん、ゲームカセット貸してくれよ」
と、私のそばに来たけど、さすがに抜け殻の私に弟も何かを感じたらしい。
退院したばかりだけに、顔色がサッと変わった。
「姉ちゃん!」
私の体をつかんでゆすり始めちゃったよ。
このままだと大事になりそうだから、急いで体に入った。
「何よぉ。人が寝てるのに」
寝てるにしては不自然すぎるけど、ここはそうでも言わないとまずいので、寝てることにした。
「寝てるって、呼吸が止まってたぞ」
恐ろしいものでも見るように、私を覗き込んでるけど、他に言いようがないじゃない。
「呼吸が止まってるわけないでしょ! バカじゃないの! 呼吸が止まってたら死んでるからね」
そう言って、笑って見せたけど、内心ビックリだった。
だって、幽体離脱したからって、呼吸が止まってるなんて思ってもいなかったからだ。となると、家族平和を考えて、幽体離脱は深夜限定か、昼寝宣言をしてからになる。そうしないと、今のように誰かが急に入ってきて、大事になりかねないじゃない。
「だって……」
弟はまだぶつくさ言ってるけど、お目当てのゲームカセットを出してやったら『サンキュー』と言って出て行った。
単純なヤツでよかったよ。