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絶望的に意味不明な状況の中で、その美少女といったい何秒間見つめあったのだろうか。
実際には、1秒に満たない短い時間だったのかもしれない。
とにかく、気づいた瞬間その女の子に手を引かれ、理人は教室を飛び出していた。
期待していたわけではないが、ぞわり、ぞわりと追い縋ってくる件の怪物の姿を振り返って視認し、恐怖に震える。
「ねえ、ちょっと…!」
と上ずった声で揺れる栗色の髪を追いかけながらハッとした。
(もしかして彼女も視えているのか…!?)
階段を駆け下り、校舎を出て西門の前の無人の喫煙所まで来たところで、その女の子はようやく足を止めた。
普段運動しない理人はぜいぜいと息を荒げているが、少女は呼吸一つ乱さない。
そして理人を一瞥した。
「あんた、視えるのね?」
「あ…っああ、君も霊感あるんだ。でもあんなのは初めて見た。どうすれば…」
混乱の中で、一糸乱れぬきっちりしたジャケットとふわふわ揺れる真っ黒いパニエが視界にぼんやりと焼き付く。
数秒後に姿を現した先ほどの怪物は、明るい陽の中でも全く力や姿が衰えるようすはない。
「う、うわっ」
「落ち着いてよ」
ぬらり、と舌を出した異形の生物と理人との間を阻むように立ちながら、言葉通り落ち着いた声で少女は言う。
「まさか邪魔されるとは思ってなかったね。ミカエル、いい?」
突然、一足飛びに少女との距離を詰める怪物。
「え?」
少女の言葉の意味を訊き返すより早く、彼女の指に揺らめくのは焔だった。
次の瞬間、爆炎が上がり怪物の姿は煙に包まれる。
「………!?!」
しかし、煙の中にゆらりと影が立ち上がったのがすぐに視認できた。
背筋がぞっと粟立つ。
「まだ……」
わけがわからないまま呟く理人に、
「あの焔は足を止めただけ」
と落ち着き払った少女が振り返って理人の無事を確認する。
「断罪」
そう彼女が呟くと、掌に燻っていた焔は純白の拳銃へと姿を変えた。
(えっ!?えっ?!!)
「おやすみなさい」
そう言って銃口をまっすぐその影に向け、引鉄を引くと眩い光がはなたれ、怪物を射抜いた。
晴れていく煙の中で怪物は立ち尽くしたように見え―――そして跡形も無く爆散した。
「……………」
理人はその場にへたりこんだ。
少女の手にあった純白の銃はいつしか消えており、くるりと向き直った彼女は座り込んだ理人に手を差し伸べた。
「私、黒沢雛。助けようとしてくれて、ありがとう」
二つに結んだ栗色の髪が風に揺れて靡く。
彼女―――雛から目を離すことができなかった。
4月の風は、なおも柔らかく吹きつけている。