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Witch World  作者: 南野海風
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08.貴椿千歳、憧れの学園生活を満喫することにする





 二時間目、三時間目と、転校二日目も順調に過ぎていく。

 ……ちょっと女子の視線がやはり強いというか、もはや強すぎるというか、なんか痛いくらい強烈な気がするし、こちらを見て顔を赤らめたり息を荒げていたりする連中は特に怖くて怖くて仕方なかったりもするが、まあ、実害はまだ出ていないというか、肉体的にはまだ無事である。

 まだ。

 ……精神的には毎時間ごとに聖域に逃げ込みたいくらい追い詰められているような感じもするが。二日目にして。


 肉体的な意味では、今日も順調ではあった。

 こんな環境で、これまで一人で過ごしてきたという北乃宮匠という男の器の大きさが伺い知れる。


 そして、昼休みがやってきた。


「――な?」


 だから何が「な?」だよ。悲しすぎるんだよ。

 今日も豪華な重箱からケダモノたちにメイン料理を奪われ、しかしなお平然としている北乃宮のすごさに驚かされる。

 やはりこいつは感じられる通りの大した人物なのだろう。見ている俺の方が憤りを感じているくらいなのに。

 

「昨日は食堂で食べたが、いつも男子が集まって食べる場所があるんだ。今日はそっちで食おう」

「へえ。トイレ以外にも聖域があるのか」

「聖域……と呼ぶには、大げさかな。片身の狭い男たちが寄り集まっているただの目立たない隅っこだよ」

 

 片身の狭いって……やっぱり都会の男子って悲しいな。


 残飯のようになってしまった豪華弁当を片付ける北乃宮を待つ。

 今日は何を食べるかな。でもそのうち自分で作って来ないとな。学校の食堂は安いし結構うまかったが、自作した方がもっと安くなるし。


 そんな取り留めのないことを考えていると、一人のクラスメイトが教室に駆け込んできた。


「大変、大変!」


 全員が注目せざるを得ないほどの大声を張り上げ、比較的和やかだった空気を一変させる情報を吐き出した。


「乱刃さんが二年生とケンカしてる!」


  ガタッ!


 ざわつくより早く、クラスの何名かが立ち上がり、即座に教室を飛び出していった。多くの者が「どうする?」だの「見に行ってみる?」だの話していて……見た目はこれまでと変わらないのに、雰囲気だけはがらりと変わってしまった。


 乱刃が、ケンカ? 昨日の朝もやってたよな? あれたぶん乱刃だよな?


「きっと綾辺先輩が言っていたことだな」


 落ち着いたままの北乃宮は、筑前煮のレンコンを箸に摘む。


「ついに二年生が動いたか。さすがの乱刃も危ないかもな」


 お、おいおい……


「そんなに落ち着いてていいのか?」


 というか、いくら魔女のプライドの問題だからって上級生が出てきていいのか?


「学校でやる分にはまだ安心さ。教師だっているんだし、本当に危険なら止めるし、怪我をすれば治せるし。どこかでケリが着かないと、乱刃にケンカを売る魔女はいなくならない。――俺としてはそろそろ負けてもいいんじゃないかって思ってる」


 いや、そうじゃないだろ。


「クラスメイトが上級生に絡まれてケンカしてて怪我しそうなんだから、クラスメイトとして止めに行かなくていいのかって言ってるんだ」

「……」


 北乃宮は、レンコンを咀嚼する顎を止め、目を見開いて俺を見た。


「助けに行きたいのか?」

「え? そんな意外か? 俺は普通のことだと思ったんだけど」

「……」

「……」


 しばし見つめ合う。

 北乃宮の顔が「こいつ正気か?」と言いたげに、訝しげに眉の間にしわがよる。


「魔女ってのは執念深いぞ。下手に揉め事に首を突っ込めば、おまえも巻き込まれるかもしれない」

「でも、行かないと乱刃が怪我するかもしれないぞ」

「乱刃には近づくな、って忠告したよな?」

「それとこれとは話が違う。俺は乱刃を助けたいんじゃなくて、クラスメイトを助けたいんだ。誰が揉めてても俺は行きたい」


 というか、だ。


「クラスメイトを助けるって、むしろあたりまえとか当然だと俺は思うんだけど。おまえは違うのか?」


 俺が都会の学校に憧れたのは、困った時はクラスメイトが助けてくれるからだ。

 もちろん俺も困っている奴がいたら助けたい。

 そんな風に、いつも隣にいる仲間と一緒に、楽しみも苦しみも分かち合いながら、時々一緒にバカやったり、愚痴りながら嫌々テスト勉強したり、飯食ったりスポーツしたり……そんな学校生活を夢見ていたからだ。


 全部、一人や二人じゃできないことに、憧れていた。

 俺の学生生活は、ほとんど一人だったから。


 でも、まあ、実際はこんなもんなのかもな。

 だって女子は怖いし、ケダモノだし、しつこいようだが伊勢海老持っていくのはもう何があろうと許されない行為だと思うし。持ってくる方も持ってくる方だとは思うが、持っていく方が何百倍も悪いだろう。


 なんか女子って想像してた女子と全然違う! 女子ってもっと、こう……とにかくいいものなんじゃないかな!? ……って、昨日と今日だけで何回思ったか知れないけれど。血走った目で俺を見ている女子を見て何回思ったか知れないけれど。


「悪い、ちょっとトイレ行ってくる。長くなるかもしれないから今日の聖域めぐりはパスで」


 これ以上話していると、北乃宮に催促するようで。

 すでに友達だと思っている俺は、嫌がっている北乃宮を巻き込みたくない。


 だから、憧れた都会の学校生活は、一人で満喫しようと思う。


 ……一人じゃできないって知ってるけどな。





「貴椿くん、行くの?」


 教室を出たところで、後ろから来た魔女に肩を叩かれた。


「あ、乱刃の」


 隣の席の女子だ。


「私も行くから、一緒に行こうよ」

「それはいいけど」


 場所はどこだろう? 駆け込んできた女子はまたどこかへ行ってしまったし……俺はどこへ走ればいいんだ?


「たぶん中庭。ほい、『瞬間移動テレポ』」


 彼女が触れていた肩から俺の身体に魔力が流れ込み、一瞬で身体に満ちた。

 景色がゆがみ、足元が回り――それは終わる。


 気がつけば俺と女子は外に出ていた。振り返るとすぐそこに高等部校舎があるので、三階の廊下から中庭に出ただけのようだ。


「ほら、あれじゃない?」


 目の前には人垣ができていて、更に野次馬が駆け寄り集まってきている。普段の状態がわからないのだが、毎日こんなことは起こっておらず、今日のこの光景が特別なのだろう。


「お、っとと」


 走り出そうとして、地を踏みしめる足から力が抜け、視界がぐらぐら揺れる。まるで船酔いのようだ。


「あ、ごめーん。『瞬間移動』って苦手なんだ」


 ――そう、使い手が未熟な『瞬間移動』は、このようにめまいや視界が歪むといった後遺症が出ることがある。使用者は影響を受けないのだが、同行者には出るのだ。

 元々『瞬間移動』というのは難しい魔法である。

 短い距離なら多くの者が使えるが、それが中距離や長距離となると……って今はいいか。


 まだ歩けるくらいなので、後遺症はすぐに抜けるだろう。


「ほれほれ、急げ急げ」


 ぐらぐらしている俺の背中を後ろから押し、女子は俺を渦中へと運んでいく。


「はいはいすいませーん。男子が通りますよー」


 「男子!?」「男子?」「男!?」「イケメン?」「え? 私好みの美少年がいるって!?」「どこに男がいるって!?」「うるっさいわね! ……男なんて……あんたは私のことだけ見てなさいよ!」と、俺を盾にして矛にもしたクラスメイトの女子は、俺の男を利用して人垣を割り、更に進んでいく。

 ……伝達ゲームの露骨な間違いに若干恐縮しながら。

 イケメンじゃなくてすいません。美少年でもなくてすいません。すいません。あと誰かさらっと告白しなかった? あと誰かさらっと俺の尻撫でなかった? そんな感触があったような気がしたんだけど。


 すぐに『瞬間移動』の後遺症が抜け、しっかり歩けるようになった頃――ようやくそれを見ることができた。


「うわ、やってる」


 ケンカしているとは聞いたが、本当にケンカしている。

 こちらに背を向けている小さな女子が乱刃で、向かい合うようにして二年生三人が構えている。


「あーあー……苦戦してるみたいね」


 下は芝生で、ところどころ凍り付いたり、焦げ跡があったりと、すでに事が始まっている形跡が見て取れた。

 見た感じ乱刃はダメージを負っていないように見えるが……


「で、どうするの? 止めるの?」


 と、クラスメイトは乱刃ではなく、じっと俺の顔を覗き込む。好奇心に瞳を輝かせて。


「……おまえは乱刃の友達じゃないのか?」


 心配している様子もないし、何より今、乱刃のことより俺のことを気にしている。


「うーん……まだ『友達になりたい』ってところかな。でも今は乱刃さんより貴椿くんが気になる」


 俺が思っていたことを、憚ることなくそのまま口にした。


「さっき教室で言ってたじゃん。クラスメイトが怪我しそうなら止めるのがあたりまえじゃないか、って。その言葉が本気なのかどうかすごく気になってる。もし本気だったら、」

「……本気だったら?」


 彼女は満面の笑顔を浮かべた。


「――本気で乱刃さんの友達になりたい、って思うかな。魔女とかそうじゃないとか抜きで。だってクラスメイトだし」


 ……そっか。なんかよくわからんが、とにかく俺は俺がしたいことをしとくか。




「待ってください、貴椿くん」


 一歩目が出たところで、またしても肩を掴まれた。

 振り返ると……あ、委員長だ。うちのクラスの。さっき真っ先に教室を飛び出したクラスメイトの一人だったはずだ。


「これは決闘です。邪魔してはいけません」

「は?」


 けっとう? 何? ……中年から年寄りまでがすごく気にする血糖値のこと?


「学校で認められてるケンカって意味。お互い納得してるから邪魔しちゃダメ、ってこと」


 え?


「そんなのあるの?」

「うん。こんだけ女がいりゃ嫌でもモメるし、魔女として力ずくで我を通さなきゃいけない時もあるし。だから学校公認のケンカっていうのが認められてるの。魔女学校らしいよね」

「もちろん、双方の合意がなければいけませんが。だから邪魔をしてはいけません」


 ……そうなのか。

 つまりこのケンカは、乱刃も認めているわけか。一対三でもいい、と。そっか。

 なら、邪魔しちゃいけないな。納得してケンカしてるなら、それはもうアレだからな。都会のケンカと言えば友情を育む行為だからな。


「もっとも、邪魔なんてできませんが」

「流れ弾で周囲に被害がでないように、決闘の契約が成立したら、結界で内外をシャットアウトするんだ。決着が着くまでね」


 本当かよ。

 じっと目を凝らすと……確かに見える。乱刃と二年生たちを中心に覆う、巨大なドーム状の魔法壁が。

 魔法を通さないどころか、これはたぶん人も通れないだろう。


 すごいな。

 これ、かなり高度な魔法障壁だろ? こんな使い手もいるのか。さすがは九王院だ。










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