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Witch World  作者: 南野海風
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07.貴椿千歳、カレーかカレーうどんで迷う





乱刃らんばかいには近づくな」


 真面目な顔で、北乃宮は言った。


「あいつは魔女じゃない。なのに魔女も魔法も素手でほふるようなバケモノだ。この時代で言うなら、もはや魔女より魔女らしい存在って気がする」


 ――挨拶回りで隣の部屋に行ったらクラスメイトがいた話をしたら、真面目な顔でそんなことを言われた。

 

「それで騎士志望と言うならまだわかるが、それにも興味がないと来た。正直、あいつがどうして九王院に来たのかわからない」


 北乃宮の言うことに間違いがなければ、確かに乱刃は不気味な存在だ。

 乱刃戒は、魔女でもなく、騎士志望でもない、ただの女子ということになる。


「新学期早々、どうでもいいような些細な理由でよそのクラスの魔女とモメてケンカして、結局乱刃が勝ってしまった。

 魔女が、騎士志望でも魔女でもないただの人に負けた。

 その事実は当人たちの問題を飛び越えて、魔女のプライドの問題に発展したんだ。

 おもいっきり単純に言えば、魔法を使える分だけ、魔女はただの人よりは優秀と言えるからな。それで負けたんじゃ魔女の沽券に関わる」


 まあ、そうかもな。

 騎士に負けるならいいだろう。お互い天敵同士だし。

 しかし、魔法も使えないし騎士でもないただの人と勝負して、魔女が負けた。

 ただの魔女同士のケンカならまだしも、魔女がただの人に負けたんだ。それは魔女にとっては大問題だろう。


 プライドも傷つくだろう。

 魔法ってのはある意味では武器になる力で、武器を使った上で武器を使えない相手に負けたんじゃ、ショックも大きいだろう。


「魔女としてのプライドを取り戻し、かつただの人より強いことを証明するには、乱刃に勝つしかない。そういうわけで乱刃はちょくちょくケンカを売られているってわけだ。

 それで何度かケンカを売られて、未だ負けなし。だから乱刃はすでにこの学校では有名人だ。そしてきっと、ほとんどの魔女が乱刃のことを好く思っていない。魔女より強いただの人なんて存在自体が面白くないだろうしな」


 そうかもな。魔女って基本的にプライド高い人が多いってワイドショーでどっかの大学教授のコメンテーターが言ってたしな。


「クラスの魔女たちも、どう接していいのかわからないんだよ。乱刃がどうして日本有数の魔女育成学校の九王院に入学したのか、まるで検討もつかない。魔法は使えず抗魔法アンチマジックも使わず、それでその辺の魔女よりよっぽど強いんだ。もう全てがさっぱりだ」


 そうだな。さっぱりだな。


「わかるよ。どれもこれも筋が通ってないというか」

「そうそう。だから悪いことは言わない、乱刃には近づくな。少なくともあいつがどうして九王院にやってきたのか、その目的がわかるまでは様子を見ろ。

 下手に接触したら、君まで魔女の敵と認識されるぞ。敵と定めた相手には女はしつこいぞ」


 そ、そうか……敵と見なされるのは嫌だな……転校初日に殺されかけた身としては、あんな危険なことは二度とごめんだ。

 でも、近づくなって言われてもなぁ……


「乱刃って俺の隣の部屋なんだけど」


 近づくな、と言われても、壁越しではあるが毎日5メートル以内には入ってしまうのではないだろうか。


「極力接触を断て」


 ……そうしたいのも山々だが……


「鰹節……」

「あ? かつおぶし?」

「……俺、昨日、乱刃への挨拶回りに、島で作ってる鰹節を渡したんだ」

「君、引越しの挨拶にかつおぶしって」

「文句あるか!? 管理人さんはすごく喜んだんだぞ! 『まるで石のように硬いわ』って!」


 ――鰹節は世界一硬い食べ物で、より硬い方が良質だと言われている。透き通って黄金色に輝く上品なダシは、どんな料理にも合い、味に深みを与えてくれる。しかも味が良いだけではなく、アミノ酸やカルシウムという栄養も取れて身体に良いのだ。


「おまえはあの代えの利かない極上の甘味と旨味を知ってて言っているのか!? ダシは料理の命なんだぞ!?」

「かつおダシの話はもういいから」

「鰹のおだしを舐めるなよ!」

「おだしって言うな。丁寧に言うな。いいから話を進めてくれ」


 北乃宮の鰹節に対する尊敬と感謝が見えない態度には納得いかないが、しかし今は置いておこう。こいつには追々、ゆっくりと、鰹節の偉大さと素晴らしさを伝えることにする。

 その内、鰹節なしじゃ生きていけない身体にしてやる……必ずな!


 ――とにかく、それで、こうなったのだ。


「乱刃に鰹節を渡したら、『鰹節がよくわからない』って言って受け取らなかったんだ。だから『じゃあこれで料理を作るから食べに来い』って言っちゃって」

「そんなことを言っちゃったのか……」

「で、今日は和風ダシをベースにした和風カレーにしようかなって考えてたんだけど、どう思う?」

「美味しそうだな。それ以外何も言えない」


 き、北乃宮……!


「どうにかしてくれよ! 友達だろ!」

「俺と君はまだそういう関係じゃないと思う。昨日会ったばかりじゃないか」

「なんでだよ! 助けてくれよ!」

「何がどうなれば君の助けになるのかがわからんから、なんとも言えん。あと触るな。早く手を洗え」

「いいねここ」

「いいだろ? 場所としては引っかかるものがあるが、魔女がいないし来ないこの場所は、男の聖域だ」


 うむ、まさに聖域。


 ――都会の男子が男子トイレで話し込むって本当だったんだな。


 ここは、職員室の近くにある、職員用の男子トイレである。男子の数が少ないので教員のと兼用なのだ。

 さすがにここまでは女子たちは来ないし、来ない以上はケダモノの視線を向けられることもない。

 どこに行こうと女子がいるようなこの学校で、まさかこんな安心できる場所があるとは思わなかった。


「で、本当にどうしたらいいと思う?」


 手を洗いながら問うと、北乃宮はヘルメットみたいな髪型をイジりながら口を開いた。……やっぱり都会の男子って髪型を気にするものなんだな。そういうのが垢抜けた自分になるために必要なことなのだろうか。

 俺も髪型をヘルメットみたいにしてみるか?

 ……いや、いいか。

 なんか恥ずかしいし。

 島にいた頃なんて寝癖直す以外触りもしなかったくせに、都会に出てきたからって急にそんな色気づいたことするの、ちょっと恥ずかしいし……


「だから、君がどうしたいのかがわからんから、なんとも言えん。一番手っ取り早いのは断ることだと思うが」

「おいおまえ! 鰹節のすばらしさを伝える機会を逃せというのか!? それでも日本人か!?」

「なぜ怒る……じゃあとにかく二人きりじゃなければいいんじゃないか? 他の部屋の住人も誘ってみたらどうだ?」


 あ、なるほどな! 二人きりじゃなければ必要以上に親しくはならないかもな!


「ちなみに北乃宮は来てくれる?」

「嫌だ。断る。絶対にだ」


 躊躇なく断りやがったな……都会の男子はクールだ。


 ……「まだ友達じゃない」と言い切られる関係としては、まあ、仕方ないことなのだろう。





「――フッフッフッ」

「で、もう一つ質問があるんだけど」

「まだあるのか?」

「――おいおい。せっかく意味深に笑ってるんだから、無視はやめようよ」


 いや、はい、まあ、ええ。

 だってからあげの匂いしてたし。


「いるの知ってましたから。いつもいますね、綾辺先輩」


 北乃宮が言うと、ガチャリと鍵が開く音とともに、個室からビニール袋を下げた男子が出てきた。


「ここは男の聖域だからね。フフッ、メシ食うにはうってつけの場所さ」


 都会の男子は便所でメシを食うって噂は本当だったのか! やっぱり都会の男子って悲しい生き物だな……!


 この人は、綾辺あやべ影虎かげとら。北乃宮のクラブの先輩。騎士志望の二年生で、癒しと安らぎを求めてちょくちょく男子トイレにこもっているらしい。

 昨日、北乃宮がトイレの場所を教えてくれた時に、顔だけは合わせている。


 ……今なら、なんとなくわかるんだよな。この人がトイレに入り浸る理由。

 女子って怖いから。


「早くないですか? まだ一時間目終わったばかりですよ」

「昼飯じゃなくて、食いそびれた朝飯だよ。教室で広げたら奪われかねないからな」


 わかる。食い物取られるのって、妙に記憶に残るんだよな。俺も未だに弾上兄ちゃんに横取りされた中トロの恨みは忘れられないし。

 ……伊勢海老取られて平気な顔をしている北乃宮がおかしいんだよ。絶対。都会のことはまだよくわからないけど、それだけは自信を持って断言できるよ。


「ところで転校生。さっき乱刃戒の話をしてたな?」


 急に話を向けられた。ちょっと驚いた。


「してましたけど……」

「俺も北乃宮に賛成だ。しばらくは近づかない方がいいぜ」


 なぜ?

 そう問いたかったし、たぶん問わなくても綾辺先輩は教えてくれただろう。


 横槍さえ入らなければ。


「綾辺!」


 バン、とドアを開けて、女子が入ってこなければ。


「きゃっ。えっち」

「え……や、ごめん!」


 綾辺先輩がわざとらしい文句とともに胸を隠すと、飛び込んできた女子は慌てて出て行った。

 そしてすぐ戻ってきた。


「あんた服着てるじゃない!」


 服着てるとかの前に、男が胸を隠す必要があるのだろうか。男子トイレで隠すならポロリしている可能性の高い下じゃないのだろうか。それとも都会の男子は必要以上に慎み深いのだろうか? その情報は知らなかったな。


「副部長が呼んでるから今すぐ来て! ったく、なんで私があんた探して走り回らなきゃいけないのよ……」

「え? 呼んでるの? マジで?」

「最近サボッてるから、きっと説教ですね」

「だろうなー……あー行きたくねえなー……」

「いいから来い! 今日こそ引きずってでも連れて行くからね!」

「わかったわかった。……行きたくねーなー……」


 などとぼやきながら、綾辺先輩は呼びにきた女子と行ってしまった。


「俺たちも戻ろう」

「ああ」


 グダグダ話している間に時間も過ぎ、そろそろ二時間目が始まってしまう。


「それで、なんか問題がもう一つあるとか言っていたか?」

「あ、そうそう」


 綾辺先輩乱入で忘れていたが、もう一つ問題があるのだ。


「なあ北乃宮」

「なんだ」

「こんな難しい質問、ほんとはするべきではないと思うんだが」

「……なんだ。あまり難しいことは答えられんぞ」


 そうか……なら答えは得られないかもしれないな。

 だが、答えは得られないかもしれないが、意見くらいは貰えるかもしれない。


「なあ……和風カレーとカレーうどん、振舞うならどっちがいいと思う?」


 この究極の二択に、果たして北乃宮は――


「好きにしろよ」


 奴は間髪入れず、冷徹に言い放った。


「好きにしたいけどどっちも好きだから迷ってるんだろ。和風ダシ入れたカレーうどんめちゃくちゃ美味いんだぞ。しっかりしろよ」

「君がしっかりしろよ。乱刃には近づくなって言っているのに、もてなす気まんまんじゃないか。……迷うくらいならどっちも作れ」


 あ、その手があったか。





 もし、この時に綾辺先輩が、乱刃戒のことをちゃんと話していれば。

 この後に起こる未来は、若干変わっていたかもしれない。











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