40.貴椿千歳と乱刃戒、報告する
「――話をまとめると、乱刃ちゃんの知り合いが挨拶に来ないことに腹を立てて、逆にサプライズな挨拶を用意されて決行した、と。そんなところ?」
風紀委員長代理・七重先輩が話をまとめた結果、長々した報告は非常に簡潔になった。
まあ、細かいところを抜かしたら、流れはだいたいそんなところである。
――事件の翌日の放課後、俺と乱刃は昨夜の報告のため、またしても風紀委員室を訪れていた。すっかり常連の気分だ。
報告を受け付けたのは、昨日現地で会った七重先輩と、華見月先輩、今書類を書きながら聞いている御鏡先輩、そして生徒会から出張ってきた蛇ノ目もいた。
昨日は暗くてよく見えなかったが、蛇ノ目はなんだか男子っぽい女子だった。男前な感じの。美形という表現が相応しいかもしれない。
怪我人がいない、被害者がいない、そして加害者もおらず事件の発端もはっきりしているし犯人の名前もわかっている。
「じゃあ、何もなかったのと同じだね」
事件はあったが、内容的に事件として成立しない。
そういう形で七重先輩は処理する方針のようだ。
そんな七重先輩の隣に立つ華見月先輩が、言いたいことがありそうだけど何も言わないで黙っているのは、それで妥当か、それでも問題ないと判断したからだろう。何か言いたげだけど。文句言いたそうだけど。
「やれやれ、面倒がなくてよかった」
まったくだ。
……唯一被害者がいるとすれば、被害者を出さないために犯人である雨傘先輩を庇って乱刃に殴られた俺と、昨日に限ってボディガードに付けなかった星雲ささらくらいだ。
あの時、乱刃が雨傘先輩を殴っていたら、今頃は何かしらの事件に発展していたかもしれない。
己を呼んだ術者が倒れコントロールを失った召喚獣・銀騎士が暴れ出し、それを止めようとして様子を見ていたクラスメイトたちがなだれ込んできて……それこそ戦場になっただろう。
いったいどれだけ怪我人が出て、建物に損害が出ただろうか。
全て最悪の想像でしかないが、ありえない話ではなかった。
ゆえに回避できてよかったのだ。
「まあ色々気になることもあるけど、あえて聞かないでおこうかな。プライバシーっつーのがあるからね」
それは、乱刃が誰に挨拶しなければならないのか、誰に挨拶されたのか、だろう。
確か、北霧麒麟、っていったかな。
発端から話すと点拳の伝承者問題から説明しないといけないので、そっち方面の事情は全カットである。七重先輩が言うように乱刃のプライベートな話でもあるわけだし。
事件になっていたなら話すべきかもしれないが、事件じゃない形で処理されるのだ。
ならば話す必要もないだろう。
「報告は以上ですね? では私は生徒会長に書類を提出してきます。御鏡先輩、書類はできましたか?」
「ああ。生徒会の書類を貸してくれ」
几帳面そうな見た目と同じく、御鏡先輩の作成した綺麗な字で書かれた書類。それの横に、蛇ノ目が渡した書類を並べる。
人差し指で書いた文字に触れ、それを隣の書類にスライドさせる。――文字だけコピーして違う紙に写す、あれも魔法である。
簡易コピーだ。
その上に魔法維持のコーティングをすれば、コーティングの期限が切れるまでは半永久的に文字は残る。
「では」
蛇ノ目は一礼し、書類を持って風紀委員室から退室した。
「生徒会は忙しいねぇ」
「風紀も忙しいですよ。代理以外」
書類作成という面倒な仕事を終えた御鏡先輩は、暗に「仕事しろ」と言いたげな視線で七重先輩を見た。
「何言ってんの? 部下が優秀だから私の出番がないだけだろ」
物は言いようだな。
「仕事なら山ほどありますが」
華見月先輩の突き刺さるような視線にも、七重先輩は全然動じない。
「よし、じゃあ委員長らしく指示してみるかな――がんばって処理するように。それが上からの命令だ」
……こんな上司嫌だなぁ。
「でもまあ、たまにはお姉さんも仕事しとくか」
そろそろ帰れるかなーと思っていたら、七重先輩から違和感しかない発言が飛び出した。
……え?
七重先輩が、仕事する?
あの七重先輩が、仕事をする、だって?
それは、まだ七重先輩をよく知らない俺や乱刃にも地味な衝撃を与える言葉で、よく知る風紀のメンバーにはかなりの衝撃が走ったようだ。
御鏡先輩のメガネが若干ずれて、華見月先輩の垂れている犬耳が一瞬ピーンと立ち上がるくらいに。
「何か拾い食いでもしましたか? 言ってくれればお金くらい貸しますから、落ちているものを食べるのは金輪際やめてください」
「代理、私は仕事をしない代理でもリコールなんて考えていません。普段のあなたでいいんです。取り乱さないでください」
御鏡先輩と華見月先輩に本気で心配された七重先輩は、「心配してくれてありがとう。でも拾い食いなんてしてないし、いたって正常だけどね」と、非常に刺々しい口調で感謝の意を述べた。
……ここまで信用がないまま好かれている人も、珍しい気がする。
「貴椿と乱刃の風紀勧誘だよ。華見月は若干口下手だし、御鏡はメガネだから私がやるっつってんだ」
…………
華見月先輩はわからなくもないが、御鏡先輩の「メガネだから」って理由はなんなんだ?
「私はもう断ったが」
メガネに引っ掛かりを憶えなかった乱刃は、すでに意思を伝えてあることを改めて口にする。
「なら撤回して。今すぐ入れとは言わないけど、そのうち入るかもしれないって可能性だけ残しといて」
「そんな予定はない。だいたい何のために可能性を残す?」
俺もよくわからない。
だが七重先輩の言葉には淀みがなかった。
「いざと言う時に『風紀委員だから』って理由で乱刃ちゃんの罪と罰を軽くするためだよ」
……すげえなこの人は。俺なんかには想像できないところを考えてやがる。
「それは不正ではないのか?」
「そうでもない。普段は何もしなくていい。必要な時は声かけるからその時手伝ってくれればいい。そんな準会員って扱いで確保したいってことだよ」
準会員って……そんな制度もあるのか。
「今回の件で充分わかった。乱刃ちゃんはたぶん、今後もこんな事件に巻き込まれたり、その気がなくても起こしたりする。そして私は、乱刃ちゃんが無法に暴れているとは思わない。ちゃんと筋を通して動いていることを知っている。
特に、貴椿くんが誘拐された時、何をおいても最優先で貴椿くんを追いかけた。その姿勢を買いたい」
あれは確かに驚いたよな。
誘拐されたことにも驚いたが、それを追跡してきた乱刃にも驚いた。ただの人にできることじゃないのに。
「他にも色々メリットがあるんだよ。いつまでもクラスメイトにボディガード頼むわけにもいかないでしょ。風紀委員じゃなくても風紀委員に関わるポストに着けば絡んでくる魔女も減るし、一人で処理できない事態になれば風紀委員が力になれる。
今回の件を振り返ってみても、クラスメイトに協力を仰ぐのはちょっといただけない。できることの範囲的にね。2年や3年と比べると、単純に使える魔法の幅が違うんだよ」
例外のない規定レベル以上の魔法の使用は、国家資格が必要だからだ。それには年齢制限も設けられている。
「言い換えるなら、クラスメイトを無用に巻き込むな、ってところ。困った時は全員で来てくれるんだ、そんな仲間は大切にしなきゃダメだよ。適材適所ってのがあるんだから」
そうだな。そうかもしれない。
うちのクラスには、明らかに荒事に向かない特性を持つ魔女もいるし。それに対して、風紀委員は取り締まるの専門だしな。
「……わかった。少し考えさせてくれ」
乱刃は、風紀委員に入らないを撤回した。
この頑固者を落としたか……やっぱ七重先輩は只者じゃないな。まだ見ぬ風紀委員長はこういうところを見込んで代理に立てたんだろうな。
……さすがに適当に選んだわけじゃないよな?
くじ引きとか、あみだくじとかで選んだわけじゃないよな?
なんか一抹の不安というか、拭いきれない疑惑というか、そういう七重先輩を代理に選んだ風紀委員長を、心の底から信じきれない何かがあるのは確かだが。
「――そして貴椿くん」
お、おう。次は俺か。
「君はいいや。言うことないし」
「え?」
いいや、って……え? いらないってこと?
「君は放っておいてもいずれ風紀に来るからやめとく」
え?
「な、なんですかそれ?」
「うん。君の場合、私より華見月ちゃんが欲しがっててね」
思わず七重先輩の隣にいる華見月先輩を見ると、若干恥ずかしそうに目を逸らした。
「彼女の勘では、君は風紀委員に入るみたい。――知ってるとは思うけど、魔力の高い魔女の勘ってのは、『未来予知』の要素を含んでいる場合が多い。だからまあ、君の場合は果報は寝て待てってことで」
へえ……俺は風紀に入るのか。
そうそう、レベルが高い魔女の勘は、たとえ無根拠で関連性も認められない荒唐無稽な論でも、「勘」というそれ自体が根拠になるほどよく当たるんだよな。
婆ちゃんもよく、島のおっちゃんたちに大漁祈願だの安全祈願だのの祈祷を頼まれたり、悪い予感がしないかどうか聞かれていたし。
「それにしても面白いよね。理屈で動かないタイプに思える乱刃ちゃんは言葉で揺れて、理屈で動きそうな貴椿くんには言葉はいらない。
探しに出かけた青い鳥は結局家にいるんだし、物事なんて基本的に皮肉でできてるのかもしれないね」
青い鳥っつーと、童話だっけ?
何にしろ、七重先輩が言うこと自体、そのものが皮肉に聞こえなくもない。
だってこの人、きっと有能なのに有能じゃないフリばっかしてるから。




