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Witch World  作者: 南野海風
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30.貴椿千歳、亜希原タルトと初対面を経て……





 一本の電話を終え、待つことほんの二、三分。

 御鏡先輩から「亜希原タルトとはどんな人物か?」という情報を聞き出している間に、彼女はやってきた。


 壊れるんじゃないかと心配になるくらいの勢いで開け放たれた風紀委員室プレハブのドアと。

 その勢いに勝るとも劣らない勢いで突っ込んできたその人は。


 入ってくるなり、こう叫んだ。


「私を待ってる半裸の男ってどこ!?」


 ――これが、亜希原タルトとの出会いだった。





 飛び込んできた迫力にも驚いたが、口走った内容にも驚いたし、何より彼女が獲物を狙うケダモノより恐ろしいハンターの目をしていたのに一番驚いた。

 つまり、俺は本当に驚愕していた。


 人間、本当に驚いた時って、身動きが取れなくなるんだな。

 今の俺は、突如現れた魔女に、ド肝を抜かされた腑抜けだった。


「半裸! 半裸! 半……裸……?」


 部屋中に這いずり回るような視線を巡らせた彼女は、この場唯一の男である俺に目を止め…………動きまで止まった。


 上から下からねぶるように俺の身体を無遠慮に観察すると、――今度は違う眼光で一人の女子を睨みつけた。


「御鏡さん! これどういうこと!?」


 彼女はビシッと俺を指差す。


「この半裸の男、服着てるじゃない!! 半裸じゃないじゃない!!」


 …………え、っと…………


「すまん。嘘だ」


 御鏡先輩は、悪びれもなく非常に冷静に言った。


「半裸の男があなたを待っている……とでも言わないと、あなたは絶対にここには来ないだろうと思って」


 つまり御鏡先輩の狂言が、彼女を狂わせていた……と。


「あったりまえじゃない! 来るかこんなところ! 半裸の男もいないし!」


 えらく半裸にこだわるこの女子こそ、俺が待っていた亜希原タルト……なんだろう、な……


 今は超が付くほど激怒しているので眉が思いっきりつり上がっているが、それでもかなり可愛いと思う。

 明るい茶髪をツインテールに結わえ、同じ色の瞳にはどこか人目を引くような力強さがあった。日本人離れした白い肌は、もしかしたら日本人以外の血が入っているのかもしれない。

 二年生だから年上のはずだが、童顔で中学生のような幼い顔立ちだ。かなりの美少女、って言っていいだろう。


 何より、俺でも知っている魔法少女アイドルに少し似ていて、これにもちょっと驚いた。

 パッと見で「俺でも知ってる有名人来たのか!? 初めて芸能人を生で見ちゃったか!?」と思ってしまったから。


 結界を破壊したあの時はまったく意識していなかったが、この人は三人目だ。

 あの時の三人の魔女は、一人目は魔力の枯渇でダウン、二人目は乱刃の腹に槍を刺した人で、亜希原タルトは三人目。

 一人だけ何もしていないから全然印象に残っていなかった。他に色々大変だったし。


「だいたいね、私は風紀のやり方には納得してないんだからね! 何よ連帯責任って! 私は違反してないんだから!」

「その件に関しては風紀委員長代理か副委員長に抗議してくれ。私はただの平委員だ、権限はない」


 何やら揉めているが、今はこっちだ。


「あの」

「うるさいわね! 何よ! なっ……」


 激昂状態そのまま俺を見て、亜希原タルトの動きが止まった。

 釣り上がっていた眉が降りてくる代わりに、顔が赤くなっていく。


「……も、もうちょっとイケメンが好みだけど……どうしてもって言うなら付き合ってあげるわよ!」

「いやそれは結構です」


 何を言い出すんだ彼女は。ちょっと興奮しすぎて自分で何言ってるかわかってないだろ。


「それより、御鏡先輩を責めないでください。あなたに用があるのは俺で、先輩に呼んでもらうよう頼んだのも俺ですから」

「……それよりとか言うなよ……一応告白してるんだから……」


 え?


「あ、あの……不備があったなら謝りますから……」

「じゃあ半裸になってくれる?」

「それはダメです」


 じゃあの意味もわからないし。

 それになんか今脱いだら、取り返しのつかないことになりそうだから。一生消えない傷を付けられてしまいそうだから。精神的にも肉体的にも。


「すみません。軽はずみに肌を晒すなと祖母に言われていまして」


 これは本当のことである。

 いかなる魔女の前でも警戒を怠るな、服を脱ぐという行為は警戒心を脱ぐという心理が働くこともあるから安易に脱ぐな、と言われている。

 半裸くらいならいいだろ――なんて軽い気持ちが怪我の元だ。

 脱いで魔女が本気になったら大変だ。


 奴らのケダモノっぷりは俺もう知ってるから! 都会に来てすぐ理解したから!


「……じゃあなんで呼んだのよ……もうガッカリだわ……半裸の男に会えると聞いて喜び勇んできたのにガッカリだわ……」


 来た時の勢いは枯れ果て、亜希原タルトは脱力し、しなびたネギのように生気を失ってしまった。……ちょっとかわいそうなくらいに。





 色々と済まない気持ちで心が痛いが、それでも今は話をしなければならない。

 これが、しなびたネギのようになってしまったこの魔女が、俺たちを襲った犯人……という疑いで呼び出したのだが……

 犯人とは思えないんだよな。


 印象だけの話ではない。


 彼女は、たぶん俺を知らない。

 というか、「憶えていない」と言った方が正しいだろうか。


 だって自分が襲った相手が風紀委員室に呼び出したと言えば、多少は動揺するだろう。自分のやったことがバレたのか、と少しは思うはずだ。掃除中の乱刃も(半裸の男を探した時に)たぶん見てるはずだし。

 なのに彼女は、違う意味で恐ろしい反応をしていた。


 いくら「半裸の男が待っているから」と言われたところで、己の中にやましいことがあれば、ここに来る勇気はなかなか出ないだろう。

 つまり、やましいことがない、のではないか……と思う。


 隣で黙って観察している委員長に「どう思う?」と視線で問うと、少し首を傾げて見せた。

 やはり委員長もピンと来ていないようだ。「こいつは犯人じゃない」と考えているのかもしれない。


 となると、確かめる手段は一つだ。


「亜希原先輩」

「……何よ……もう帰りたいんだけど……」


 あーあー壁に寄りかかってそのまま崩れ落ちちゃったよ。そこまでテンション下がるかね。


 ……仕方ないな。


「帰りにアイスでも奢りますから、機嫌直していただけませんか?」


 虚ろに沈んでいた彼女の瞳が、カッ、と、開いた。


「それは放課後アイスクリームデートに誘っていると思っていいのね!?」

「デートはちょっと。……ちょっと遊びに行くという感じで」


 「デート」というワードが出た瞬間、隣にいる委員長が俺にとんでもなく恐ろしい視線を向けたのが、もう見なくても感じられる。

 「おいどういうことだ。デートなら私が先だろ」という無言の抗議……だと思う。

 ちょっと確かめるのが怖すぎて確かめようもないが……


「……フン。別に嬉しくないけど。まあいいわ」


 嬉しくないと言うわりにはちょっと嬉しそうな澄ました顔で、彼女は立ち上がった。


「で? 何?」


 よし、じゃあ、確かめよう。


「先輩の使い魔を見せてほしいんですけど」

「ん? メヴィアンを?」


 なんだか外国の水みたいだが、それがトカゲの名前なのだろう。


「私から説明しよう。実は――」


 恐らく御鏡先輩も、亜希原タルトが犯人じゃないことを察したのだと思う。

 先輩は、大元の乱刃とのケンカから今俺たちが置かれている状況、先日の黒トカゲ襲来まで、簡潔だが正確に説いた。


 話が進むに従い、アイスの件でちょっとニヤッとしていた亜希原タルトの表情が、クッと引き締まっていく。


「つまり私は疑われているってわけね? 犯人かどうかを確かめるために呼び出したのね?」


 先程の半裸の男を求めて大騒ぎした様や、しなびたネギのような様とは違う、まるで針のように鋭い視線が俺に向けられた。

 これが亜希原タルトの、本当の顔だ。


 俺は、できるだけ真摯さが伝わるよう、まっすぐに見つめ返す。


「俺たちが襲われた黒いトカゲを使い魔に持つ魔女は、先輩しかいないんです。だから俺は確かに先輩を疑っていた。でも今は違う。先輩と直接会って、その可能性は限りなく低いと判断しました。

 だから頼みます。先輩への疑いを完全に消し去るために、先輩の使い魔を見せてください」


 お願いします、と頭を下げる。


「……話はわかった」


 顔を上げると、亜希原タルトは御鏡先輩を見ていた。


「正直、風紀委員に疑われるのも嫌だしね。メヴィアンを見せるだけならいいわ」

「すまんな」

「諸々は御鏡さんの仕事だから許すわ。でも半裸の男がいるってあの嘘だけは絶対許さないから。何らかの形で穴埋めはしてもらうからね」


 彼女にとっては、自分が疑われるより、半裸の男がいなかったことの方が比重が大きいのか……


 なんというか……

 亜希原タルトは、俺が知っているケダモノたちとは、ワンランク上のケダモノなのだろう。










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