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Witch World  作者: 南野海風
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01.貴椿千歳、九王町に着く





 夕焼け空の下、大きく伸びをした。

 ビルの谷間に見える彼方は赤く染まり、今まさに陽が沈もうとしている。赤い天空を割る禍々しい『虚吼の巨人』がちょっとだけ見えた。今日もあいつは意味不明だ。


「予定よりだいぶ遅れたか」


 俺は今日から持ち始めた携帯電話で、時間を確認する。

 本当なら昼過ぎにはこの九王町に着いていたはずなのだ。だがしかし、のんびりしすぎたせいで電車に乗り遅れたり乗り過ごしたり寝過ごしたりと、やたら遠回りしてしまった。

 いつか着くだろう、なんて呑気なことを考えていたせいで、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、なんだかんだで四時間近く駅から駅へとさまよってしまった。電車って恐ろしい乗り物だ。


 まあ、ちゃんと到着はしたんだから、問題ないだろ。


「……」


 で、ここからどうすればいいんだ?


 初めて来た場所なので右も左もわからない。

 駅から出て、繁華街らしき賑やかな場所……つまり都会にいることはわかる。


 ここは九王町。

 朝から電車を乗り継いで来た、俺の目的地である。

 ……とりあえず初めての電車で初めての一人旅で、なんとかここまで辿りついた。戸惑うことばかりだったが、なんとか無事到着した。


 ここからどうすればいい?


 向かう先の住所を記したメモはあるが、ここが九王駅前であること以外、何一つわからない。

 四月中旬である。この時期はあっと言う間に暗くなってしまう。

 ドラマで見るような都会の雰囲気があることはわかる。活気もすごいし、車も多いし、こう、通り沿いに店がずらーっと並んでいるのは壮観だ。

 人が多いのも圧倒されるし、ビルに掛かっているでっかいポスターを気がつけば見上げていたりもした。俺でも知っているほどの国民的魔女っ子アイドルが魅力的な笑顔を浮かべている。


 だが俺はもう驚かないぞ。

 こんな都会の光景、電車の乗り継ぎをするたびにたくさん見てきたからな! ……ちょっと一人でその辺の店に入る勇気はないが。都会にしかないというシャレたコーヒーショップとか恐ろしいところだと聞いたし……トールとかショートとかってなんなんだよ。何語だよ。そもそも何のことだよ。


 目の前を慌ただしく行き交う人たちは、ちゃんと目的地があるのだろうか? 亜希ばーちゃんのように意味なく徘徊しているだけだったりするのだろうか?

 つか本当に人が多い。今ここから見える人たちだけで、俺の地元の人たちを上回るだけの人数がいる。やっぱ都会は違うな。


 さて、こうして見ていてもどうしようもない。行動しなければ。


 右も左もわからないので、誰かに訊いた方がいいのだろうけれど、誰に訊けというのか。

 みんな忙しそうだし、話しかけるのはなんだか気後れする。駅員さんは優しく教えてくれたんだけどな……


 ……あと、なんか、女性がやたらこっちを見ているのが、ちょっと気になる。

 ……というか、女子、か。


 女子、か。


 いまいち年齢的な区別というか、見分けがつかないが。

 たぶん俺と同年代くらいであろう女子が、すごく見ている。

 気のせいなんてレベルじゃなく、露骨にジロジロ見ている。

 通りすがりの女子も、駅付近で待ち合わせでもしているのだろう女子も、その辺の店から出てきた女子たちも。……ところであの店なんだ? 女子たちが持っている黄色い三角のアレはなんだ?


 何をするでもなく、こんなところで棒立ちしているから目立つのかもしれない。

 もしくは、田舎から出てきたばかりの俺の田舎者丸出しっぷりが面白くて見られているとか……カ、カツアゲとかのカモ的な意味で見られているとかっ……ああ、きっとそうだ。

 都会はそういうの3分に一度の割合くらいで頻繁に起こるって話だしな! 弾上兄ちゃんとか東京に行ったら五時間滞在中に三回カツアゲにあったって言ってたもんな! 都会は怖いところだって知ってるぞ!

 

 絡まれる前に、さっさと移動した方が良さそうだ。

 俺は重いショルダーバッグを肩に掛け直し、適当に歩き出す――と、バシバシ通行人に当たってしまう。迷惑そうな顔をするおっさんやおばさんに「すんません、すんません」と謝りながら、近くの細い路地に逃げ込んだ。


 ……都会の連中は、あれだけ密集している人の流れを、よく歩けるものだ。





 路地に入ると、人気ひとけはだいぶ減った。喧騒も遠くなり、ついでに少し暗くなった。

 なんとなくほっとした。

 ここなら人にぶつかる心配もなさそうだ。


 今日は朝から驚きっぱなしで、ちょっと疲れたな……だがここでのんびりしていても仕方ない。早く目的地へ行って、休むならそこで休まねば。

 気を抜くとその辺に座り込みそうになるが、気力を振り絞って歩き出す。


 ――と。


「……」

「……?」


 俺は気がつかなかったが、その辺にいたのだろう女子三人が、歩き出そうとした俺の目の前にやってきた。道を塞ぐようにして。


「ふーん」

「意外とかわいいじゃん」

「そーお? 普通だよ」


 なんかジロジロ見られているが……たぶん同年代くらいだよな? なんつーか……都会の女の子はカラフルだなー。これがオシャレってやつなのかー。じっと見てると目がチカチカしそうだ。

 とりあえず、左から、女子1、女子2、女子3と区別しよう。


「あの……何か?」


 都会的な意味でもオシャレ的な意味でもカツアゲ的な意味でもすでに腰が引けている俺は、さぞビクビクしているように見えたことだろう。

 少々ビビッて警戒心をあらわにしている小動物のような俺を見て、女子たちは口の端を歪めて笑う。


「ダメだよー。かわいい男の子が一人でこんなところ歩いてたらー」


 か、かわいい男の子!? え、俺のこと!? それ俺のこと!? 昔は可愛かったのに近頃かわいげがないと地元で評判だった俺のこと!?


「こわーい女にイタズラされても知らないよ?」


 こわーい女にイタズラ!? え、何されるんだ!? ポケットにサザエ入れるとかか!? あれは本気でビビるしなんか嫌だよね! ゴツゴツして! てゆーかなんでサザエだよっていう!


「ヤダ、反応おもしろい……超いじめたい……」


 え、いじめって……これマジでカツアゲ的なアレのコレってこと!? つかなんか急にハァハァ息が荒くなってるぞ! よくはわからんが嫌な予感がする!


 これは逃げた方がいい、よな?

 島の皆がわざわざ俺のために用意してくれた、大事な大事な生活費を取られるなんて、冗談じゃない。


 よし、逃げる! 逃げよう!


 「あんたも好きねー」「あんたほんとにヘンタイだよね」などと軽口を叩き合っている女子から目を離すことなく、ジリジリとゆっくり後ずさりする。

 注意深く、何かアクションを起こすのを見逃さないように。


 そして、手を伸ばしても絶対に届かないだろう距離を取ったところで、踵を返して一気に走り出して――


「っ!」


 重いバッグによろめくも、なんとか立ち止まる。

 走り出した先に、突如、女子2が同じ体制で現れたのだ。


「どこ行くの?」


 『瞬間移動テレポート』だ。

 そうか……彼女たちは魔女なのか。


 このご時勢、魔女なんて珍しくもない。特にこの九王町は……って考えてる場合じゃないな。


「すんません、急ぐんで……勘弁してください」

「……」


 『瞬間移動』で目の前に現れた女子2は、小首を傾げてじっと俺を見つめる。


「……もしかして、この辺はじめて?」

「は、はい」


 「何逃げてんだ」とか「ヤダ、何このトキメキ……なんだか顔が熱くなってきちゃった……」とか不穏なことを言いつつのんびり歩いて追ってくる女子1と女子3の二人。

 ああ、前後を挟まれた……ついに俺の大事な金が奪われてしまうのか……!


「ちょっと待て。この子、この辺はじめてなんだって」


 いよいよ覚悟をしなければならないのか……と思った時、目の前の女子2が「待て」と俺の後方にいる二人を呼び止めた。


「はじめて?」

「マジで? じゃあいじめていいってこと?」

「ダメだろ。こっち来いヘンタイ。気持ち悪いな。昔はそんなんじゃなかったじゃない」

「昔のこと言うなよ。何も知らない無垢だったあの頃のことを言うなんてひどい」

「そっちかよ。ヘンタイ呼ばわりには抗議しないのかよ」


 ヘンタ……いや、一際突き抜けた感のある女子3の腕を、女子1が引っ張って遠ざける。……あいつは危険だな。都会にはああいう変な人も多いって話だしな……気をつけねば。


「こんなとこで何してんの?」


 と、急に敵ではなくなったらしき女子2が小首を傾げる。


「あ、実は九王院学園へ行きたいんですけど」


 迷っている、というほどまだ動いているわけではないが。

 だが道がわからないのは紛れもない事実なので、右も左もわからなくてどこへ行っていいのかわからない、ということを伝えた。


「九王院学園? 通うの?」

「は、はい」

「そっか。なら――」


 女子2は、俺が来た道を指差した。


「向こう。ちょっと距離があるけど、大きい道をまっすぐ行けば着くよ。ちょっと暗くなってきたからもう見えないかな? 学園の敷地内にでっかい木があって、それが目印になるんだけど」

「あ、そうですか……」


 カツアゲかと思えば、道を教えてくれるとか……都会の女子は優しいじゃないか!


「……ああ、一応聞いといてよかった。九王院の男に手を出したら後々面倒だもんなー……」

「え?」

「早く行きなよ。のんびりしてるとあっちのヘンタイが本気になるよ?」


 やべ。それは勘弁だ。


 予想外にも道を聞けた俺は軽く頭を下げると、指された方向へと駆け出した。





 それから早足で30分ほど歩き、人の良さそうなおばちゃんに道を聞き、なんとかそこへ到着した。


 九王荘6号。

 九王院学園の学生専用アパートで、今日から俺が世話になる場所だ。


 朝6時から移動を開始し、目的地に着いた頃には、すっかり陽は沈んでいた。





 とりあえず、無事到着できて、よかった。











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