15.貴椿千歳と乱刃戒、日常が変化する
「……おはよう」
「……うむ」
時刻は八時ちょうど。
今日も憎いほどの快晴で、「季節外れの台風が来て学校休みになれ!」と祈るも、祈りは届かなかった。
互いが互いを監視する。
昨日、七重先輩が言った通り、俺たちはいざという時に相手を止められるように、できるだけ一緒に行動することを決めた。
二律背反で一蓮托生。
自分が自分のせいで罰を受ける分にはいいのだ。自業自得で納得できるから。
だが、自分のせいで自分以外の誰かが罰を受けるというシステムは、非常に心苦しい。きっと相手が乱刃じゃなければもっと心苦しかっただろう。
乱刃には悪いが、俺の不始末を乱刃が負うと思えば、ほかの人よりは気が楽だ。個人的な気持ちとしては。
そして、たぶん乱刃も似たようなことを思っていることだろう。
さすがの乱刃も、俺が隣の部屋であることはちゃんと憶えていたようで、朝8時10分に九王荘前で待ち合わせという予定は達成された。
気持ちは重いが、幸先は良さそうだ。
「行くか。べにつばき」
「貴椿だ。……確かに似てるけどさ」
いや、やっぱり幸先は良くないな。そして先行きも不安だ。
「なぜ憶えない?」
「耳に馴染まないからだ。おまえが悪い」
「負けたくせに」
「おまえが止めなければ勝っていた」
「へー。腹に槍刺されてもまだ戦えたんだ? へー! すごーい!」
「おまえが止めなければ勝っていた!」
そんな悪態を吐きながら、俺たちは庭先にいた管理人さんに挨拶し、学校へ向かう。
予想通りというか、予想以上というか。
ただでさえ痛い痛い強い強い強烈な女子の視線が、今日は特に強くて痛い。
校門をくぐり、校舎までの長い長い散歩道のような通学路を行く。
俺たちと同じように登校している周りの女子たちも、通学路に設置されているベンチに座って何かしら話し込んでいる女子たちも、クラブか何かで活動している途中らしき通りすがりのジャージ姿の女子たちも、もうみんなみんなこちらを見ている。
俺としては、転校初日からずっと痛いくらいに注目されているが……
今日のケダモノたちは、初日や二日目以上の反応である。
「……乱刃、さすがにちょっと怖いんだが……」
いったいなんなんだ? なぜそんなに見る? 都会の女子はまったくわからん……
「そうか。私は全然怖くない」
ダメだ。唯一現実逃避できそうな媒体である隣の乱刃は、俺のことが嫌いすぎてまともに相手してくれない。
「まったく。男は弱々しくて怖がりで駄目だな」
しかも追い打ちまで掛けやがった。……怖がりで悪かったな! こんなに人に囲まれて見られるって経験も俺の人生になかったから! ケダモノみたいな視線の人たちに囲まれて小動物気分になったことも初めてだから!
話しかけて損した気分になりながら、校舎に入ったところで。
「おっ」
下駄箱前で靴を履き替えている橘に会った。
「おはよー。早速二人で仲良く登校してきたんだね」
「せざるを得ない」
そりゃこっちのセリフだ。乱刃は信用できん。……ってたぶんお互い信用できないと思っているんだろうな。
「なあ橘、周りの視線がすごく痛いんだけど……」
「そりゃそうでしょ」
彼女はこともなげに言った。
「九王院のカップル率ってかなり低いからね。全体の比率でも一割いないだろうし。それに数少ない男を誰がゲットするかでみんな燃えてるから。転校して早々に女子と二人きりで登校なんてしたら、そりゃー注目もされるよー。事情を知らなかったら私もガッツリ見てるね。ジロジロ見てるね」
か、かっぷる!? 乱刃と!? 俺が!?
「しかも噂の転校生の相手は、すでに魔女の敵と噂されている乱刃戒。話題性はバッチリじゃん」
……楽しそうだなー橘。他人事だからだろうなー……
「話はよくわからんが、とにかく早く行くぞ。ぐずぐずするな」
「うるせーな! 誰のせいだと思ってやがる!」
「おまえのせいだろう。人の喧嘩の邪魔をしたおまえのせい以外にあるか」
「なんだと!」
「はいはい、いいからいいから。こんなところでイチャイチャしてると注目されるだけだから」
誰がイチャイチャしてるって!?
橘の発言にはものすごく引っかかったものの、確かに彼女の言う通り、今ここで注目され続けるのはいけない気がしてきた。
とにかくここよりはマシだろう。早く教室に逃げよう。
「あ、来た!」
逃げるように1年4組の教室に飛び込むと、クラスメイトの女子たちに思いっきり囲まれた。
「風紀から連帯責任の罰食らったってほんと!?」
「昨日、乱刃さんと手を繋いで帰ったってほんと!?」
「寮で隣の部屋同士ってほんと!?」
「お尻撫でられたってほんと!?」
まるで津波のように押し寄せる質問、と物理的に詰め寄るクラスメイトたち。
一度に聞かれても答えようがないし……しかも魔女の敵と噂されているらしい乱刃は特に囲まれることもなく、さっさと自分の席へ行ってしまったし。橘と一緒に。……助けろよ!
「落ち着いてください」
いかにも落ち着いたトーンのたった一言で、この混乱を納めた。
委員長・花雅里の声だ。
「貴椿くん、あの『契約書』を見せてください。それで事は足ります」
あ、なるほどな。あれには全て書いてあるもんな。
俺は生徒手帳に挟んでいる、昨日風紀委員室でサインした『契約書』を出して見せた。
「「…………」」
女子たちは息を飲み、食い入るように文面を追う。
「説明した通り、今後しばらくは貴椿くんと乱刃さんは行動を共にし、互いを監視し合うというライフスタイルになります。――わかりますね?」
俺には全然わからんが、クラスメイトたちにはわかるようだ。
「貴椿くんをほかのクラスの魔女から守って」
「乱刃さんもほかのクラスの魔女から守って」
「二人が清い交際を始めそうなフラグを端から端までへし折って」
「淫らな関係にならないよう監視して」
「触れ合う肌と肌を全力で阻止して」
「で、でーととか、ぜったい、ゆ、ゆ、ゆるさない」
「私デートしたい」
「私もしたい。男とデートしたい。女とのデートはもう飽きた」
「待て。私が先だろう。私は男子と放課後デートして共にアイスを食すのが幼少からの夢なのだ」
「私もそれがいい! あ、でも私は乱刃さんともデートしたい!」
「「えっ!?」」
「落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない――彼はうちのクラスの男子だよ? ならばもはや貴椿くんの権利と身体と下半身は私たちのモノであると言っても過言じゃないでしょ?」
「おおー!」「なんと悪魔的発想……!」「あんた魔女受け入れすぎ……だが支持する!」
現状確認と今後の方針を定めた魔女たちは、「よし!」と一様に頷き合った。気合充分に頷き合った。
……なんつーか、半分以上は彼女たちの野望というか、欲望に染まったアレな気がするが……本音すぎる会話が交わされていた気がするが……
「よかったですね、貴椿くん。クラスメイトは協力してくれるそうですよ」
花雅里は「大船に乗ったつもりでいなさい」と、「感謝しろよ虫けら? いつもなら踏まれて殺されるだけのおまえにも情けを掛けてくれる私に崇め奉るレベルで感謝しろよ?」と言いたげな顔で言い残し、去っていった。
……ごめん、なんか、なぜだか、素直に喜べないんだ……本音部分が怖すぎて……
この日以来、クラスメイトたちの対応が変わった。
下心というか、打算というか、そういうのが建前に覆い隠されることなく、結構むきだしで見て取れるようになったような気もするが。
しかしクラスメイトたちは、俺と乱刃が揉め事に巻き込まれないよう、よく一緒にいてくれた。
特に乱刃は、よそのクラスの魔女に絡まれることが非常に多かったので、誰かが間に入るだけで絡む人は激減したようだ。
絡みたそうに見ている人はたくさんいるが、数名と一緒にいる時は見ているだけで引き上げたりするらしい。
そして俺は、クラスメイトに乱雑に話しかけられることが減った。
時間ごとに担当が決められたみたいで、休み時間は二人、昼休みは三人と付いてくれるようになった。……まあ俺には特に教室から移動する理由もないので、隣の北乃宮も含めて教室で話したりするのが主だが。
落ち着いて話せるというのは、大きかった。
この九王院学園のことや、周辺のこと、魔女のことや騎士のこと。
何より、クラスメイトたちと話ができて、顔と名前を覚えられたのは嬉しかった。
ちょっと邪気を感じる視線とかだだ漏れる本音に引いたりすることも……なくはないが……だがしかし、クラスメイトたちが俺に気を遣っていることはありがたいので、礼儀として顔と名前くらいは憶えたかった。
……気遣いが過剰すぎて窒息しそうな息苦しさがある気はするけどね……




