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Witch World  作者: 南野海風
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143.魔女の穏やかな日々 二十一  後編






 その後、私たちは揉めに揉めた。

 ……と言いたいところだが。


「――貴椿、大丈夫か?」


 絶対に譲れない、貴椿くんの衣類を剥ぎ取るという名誉を争う聖戦が始まろうとしていたその時、更なる客が現れた。

 それも、男子だ。


「あ、部長」


 どうやら騎士道部の部長らしい。

 それと、だ。


「千歳様は何処いずこに?」


 あれ……?

 なんだか見覚えのある、黒髪が美しい和装の少女が一緒だった。

 あの子、確かVIPルームで見たよな。

 和服姿も珍しいが、何より目立つのは左目を覆う革製の眼帯だ。医療品のアレならともかく、装飾品のようにこしらえた眼帯なんて始めて見たので記憶に残っていた。


「部長、その人は?」


 私を抑えている先輩が問うと、部長は微妙な顔をする。


「貴椿の身内……らしい」

「正確には、身内の使い魔です」


 ……というと、VIPルームで会ったあの子供の使い魔? 確か蒼って呼ばれてた気がする。あの学園長と軽口を叩き合っていたから結構印象深いんだよな。

 もちろん、この眼帯の子も含めてだ。 


「……蛇ノ目はわかるよな(・・・・・)?」


 苦々しい顔をしている部長は蛇ノ目さんに話を振り、……蛇ノ目さんも似たような顔をしていた。

 なんだ? なんかあるのだろうか?


「失礼ですが、どこのどなたの使い魔ですか?」

「なぜそれを問うのですか?」

「仮にあなたが貴椿くんの敵であったとして、私たち全員でも止められないと確信しているからです」


 ……え?


「ああ、確かにあれはまずいわね……」


 未だ私を抑えている先輩が小さく呟く。


「まずいって、何が?」


 私も小声で問うと、耳元で囁いてくれた。


 ――「持っている魔力が強すぎるのよ。単純に。使い魔でアレじゃ主人の強さは想像もできない」と。


 主人の強さ、って……さっきのVIPルームの子供だよな?


 …………


 そうか。

 あの学園長と平然と会話できる時点で、ほぼ同等と考えられるわけか。学園長は世界クラスの高レベル魔女だって話だし、そうなると、それと同レベルのすごい人って可能性もなくはないのだろう。

 ピンと来ないけど! 全然ね!


「貴椿くんの身内だと言うのであれば、それを信じさせてください。そうじゃなければ彼の友人として私はあなたを通すことはできない」


 蛇ノ目さんがイケメンなこと言ってる……! 性別が男だったら惚れてるところだ!

 だが、対する眼帯の人は、特に気にもしなかった。


「生憎忍んで来ていますので、名乗る気はありません。名乗る必要もないでしょう? 身内が身内に会うのに友人の許可が必要だなんて理屈を聞き入れるつもりはありません。気に入らないのであれば実力で止めると良いでしょう」


 優しく微笑みながら、しかし断固として譲る気はないようだ。

 そして眼帯の人は遠慮なく医務室に踏み込むと、すたすたとこちらへやってきた。


「……?」


 あ、こっち見た。


「先程会いましたね」


 しかも覚えてたっ。


「これは些か想定外……先に言った通り、忍びで来ています」


 はあ、そうですか。そうですね。……忍びって、あの子供に黙って来てるって意味かな?


「あなたがわたくしの正体を話さないことを約束するなら、わたくしも千歳様の治療のみを済ませて一度去りましょう。いかがですか?」


 へ?

 ……ん?


「じゃあ貴椿くんの服を脱がせてもいいってことですか?」

「なんですって?」


 すっと目が細められた。……やべ。超怖い。笑ってるけど目が笑ってないところが特に怖い。


「なぜその発想に至ったのかわかりませんが、婿入り前の千歳様の服を剥ぎ取る、と? そしてその許可をわたくしに求める、と? ……なかなか肝が据わっていこと。忍びでなければ今後男子に興味を抱けない身体にしているところです」


 え、それどういう意味? ……マジでどういう意味!? どうするつもり!?


「着替えも治療もわたくしがします。――邪魔なので向こうへ行ってください」


 逆らうことを許されない、おだやかだが妙に迫力のある静かな声に従い、私と先輩はその場を離れた。

 すぐにシャッとカーテンが閉められ、「無関係な奴ら」として締め出された。この諦めざるを得ない気持ちは……さながら獲物をライオンに横取りされたハイエナのような気分だろうか。……あれ? 群れだとハイエナの方が強いんだっけ? まあいいや。


 それにしても、今の迫力、なんだかちょっと経験がある気がする。

 なんというか……そう、母親に叱られた時に感じた、理屈じゃないところで逆らえないあの感じに似ていた気がする。


 ……蛇ノ目さんが言っていた通り、貴椿くんの敵……かどうかはともかく、彼との関係がわからない以上、接触させるのはまずいんだろう。

 そんな気はする、のだが。


 ――きっと悪意のようなものを微塵も感じなかったからだろう。

 だから言い出した蛇ノ目さんも含めて、誰も眼帯の彼女を強いて止めることをしなかったのだ。


 まあなんにせよ、私はそろそろ仕事に戻らないとな……

 貴椿くんのことは当然気になるし、あの眼帯の人が何者なのかも気になるので、仕事が終わってからでももう一度顔を出してみよう。

 千載一遇で一攫千金の、今後人生では二度とないかもしれない脱がせチャンスも逃しちゃったしね……今ここにいる理由はない。


 今度こそ医務室を出よう……としたところで、例の眼帯の人が「終わりました」と出てきた。早いなおい。


「疲れているようなので『強化睡眠』の魔法を掛けておきました。このまましばらく寝かせておくといいでしょう」


 強化睡眠?

 ……あ、肉体を活性化させつつ睡眠を取らせることで、自然治癒力を強化するってやつだったな。


「あとで様子を見に来ますので。それでは」


 一礼し、眼帯の人は『瞬間移動』で消えた。


 本当に、あっと言う間に現れて、あっと言う間に去ってしまった。

 で、結局誰なんだと。なんなんだと。

 この場の誰もが、なんともすっきりしない気持ちになったことだろう。


 ……仕事に戻るか。





 それから慌ただしく過ごし、気がつけば4時を回っていた。

 来た時に利用した、体育館の外に設置された魔法陣の前にバイトのスタッフが集められる。参加者や見学客たちはもう帰ってしまっているので、この辺で溜まっていても誰の邪魔にもならない。


 そのまま少し待っていると、今朝会った風紀の人たちが体育館から出てきた。

 そしてこれまた今朝のように、犬耳の風紀服委員長が「ご苦労」とねぎらいの声を発する。


「今日の仕事でこれで終了だ。各自速やかにこの空間から出て行くように。

 日当に関しては、明日も参加する者は今日の分を併せて明日、二日分を渡すことになる。今日だけ参加の者は今私たちに申し出てくれ。

 以上だ。解散!」


 本当に必要なことだけ通達し、解散命令が下された。バイトたちからは「やっと終わったー」みたいな歓声と溜息が漏れる。


「橘さん、お茶しに行こうよー」

「駅前に美味しいところあるんだ。知ってる?」


 すぐそばにいた海堂さんと陣内さんが非常に魅力的なアプローチを仕掛けてきた。

 もちろん断る理由はない。ぜひご一緒しよう。

 ちなみにこの二人も、明日のバイトに参加することになっている。


「よし、行こ……あっ」


 午後からの仕事は忙しくて、すっかり忘れて帰りかけていたが、思い出したぞ。よくやった私の脳みそ! 今日一番の働きだ!


「ごめん、ちょっと先行ってて」


 試験会場から出るのは、貴椿くんの様子を見てからだ。





 バイトたちの一団から一人抜け出し、私は体育館内へと戻った。

 無人の廊下を小走りに、医務室まで向かう――が。


「あれ?」


 目当てだった医務室の前に、知っている顔を見つけた。

 彼女は真剣な横顔で、医務室のドアを開けようと手を伸ばしたり、手を引っ込めたりを繰り返していた。


「……三動王さん?」

「っ!?」


 うわ、すごい驚いた顔して振り返った。


「な、なんだ橘か……脅かすな……」


 普通に声かけただけなんだけど。

 というか三動王さんが私の接近を察知できてなかったことに、私の方が驚いているんだけど。

 そして、違う意味でもちょっと驚いているんだけど。


「髪下ろしてるの始めて見たよ。最初別人かと思った」


 いつもポニーテールにまとめている魅惑の腹筋・三動王さんだが、今は髪を下ろしていた。その黒髪は背中の半ばほどまで届く。結構長い。 


「試験中に紐が切れた。……いや、そんなことはどうでもいいんだ。橘」

「あ、はい」

「……た、貴椿は、中に……?」

「どうだろう。私も気になったから様子を見に来たんだよね」


 試験終了から結構時間も過ぎているし、客も参加者も、もうほとんど帰ってしまっている。貴椿くんだって目を覚ましてとっとと帰っていてもおかしくないだろう。


「中覗いた? 確かめればいいじゃん」


 と、私は医務室のドアに手を伸ばし――ガッと手首を掴まれた。


「ま、待て。こここここここ心の準備がまだ……」


 「こ」多いな!


「どうしたの? いつもより挙動不審だよ?」


 三動王さんは乙女だから、男が絡むとたまにこんな感じにキョドるけど、……今日はまたひどいな。

 まあこんなところもかわいいとは思うが。


「…………」


 三動王さんは何も言わず、私の手を離し、なんか指先をいじりながらもじもじし出した。

 ……こういうところはちょっとキモイな……

 三動王さん大きいから乙女アクションあんまり似合わないんだよね。かなり不本意な気もするが、猪狩切さんがこういうの似合うんだよね。中身によらず仕草は可愛いんだよね。


「……ほんとにどうしたの?」


 いつもは、口先だけは攻めてる女なのに。

 実行はできないけど口でだけなら一丁前なのに。

 マジでどうした。


 しばらくもじもじして、三動王さんは、言った。


「……今日、貴椿が、すごくかっこよくて……なんだか、今までと違う感じ、というか……」


 …………


「恋か?」

「言うな」

「マジで恋したのか?」

「言うなって!」

「恋か!? マジ恋か!? おい!」

「もうやめて!」

「何が『やめて』だ! 待てこら!! 恋なのか!? 恋始めたのか!? おい三動王!!」





 羞恥心に負けて逃げ出す三動王さんを、私は追いかけた。


 ……私の運動能力じゃ追いつけなかったけど。





 ついにマジ恋に落ちた女が現れた、か。


 ……これから荒れるだろうな。我がクラスは……










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