13.貴椿千歳、風紀委員室へ連行される
「もう大丈夫だってさ。止血が早かったから流れた血も少ないし、すぐにでも日常生活に戻れるって言ってたよ。ま、今日一日は安静って感じ?」
乱刃を連れて行った怖くないクラスメイトは、昼休みの終わり頃に教室に戻ってきて、俺にそう教えてくれた。
保健室に運ばれた乱刃は魔法治療も終わり、そのまま寝かせているそうだ。
「魔法ってすごいな」
思いっきり腹を貫かれたのだ。
本当に死にかねないような重症を負っていたのに、もう完治しているのか。
魔法を使えない俺からしたら、ちょっと羨ましいくらいだ。抗魔法は魔法とは違うものだからな。基本的に魔法に抗うだけのものだからな。
「で、貴椿くんの方は? なんか罰あるって?」
「あるのか?」
俺は質問をそのまま、隣の席にいる北乃宮に放り投げた。
ここまでの話の流れと己の状況はわかっているものの、何事も初体験すぎて、このあとどうなるかが具体的によくわからない。
罰を受けるのは、わかる。
風紀委員の御鏡先輩が説明した通り、安全のために張られた内外を隔てる結界を、俺は安易に壊してしまった。
これで乱刃の他に怪我人が、無関係の人や物に被害が出ていたら悔やんでも悔やみきれない。被害が出なかったことだけが幸いだ。
これまた御鏡先輩が言っていたことだが、知らなかったからって無罪放免ってわけにもいかないだろう。
他の生徒に示しがつかないし、何より、誰かに結界を破壊したことを「軽いことだ」と思われてはいけない。そんなことになったら軽い気持ちで結界を破壊する後追いが出る可能性がある。
見せしめの罰が必要なんだ。
それは納得できているから、俺は甘んじて受け入れるつもりだ。
「情状酌量の余地はある。だから停学までは行かないと思うが」
定額はない。しかし北乃宮も、罰は免れないという点は同感らしい。
「――結界の破壊について問われたのでしょう?」
怖くないクラスメイトから遅れて、怖い委員長も教室に戻ってくるなり、こちらへやってきた。
「問題があるなら私が証言しましょう。幸か不幸かすぐ傍にいたので、貴椿くんが何をしたのか正確に話せます」
おお……!
「た、助かるよ」
委員長は、俺が抗魔法のレベル1を使ったと証言してくれるらしい。すごく怖いが非常に助かる。
「……」
うわ、こわっ……めちゃくちゃ睨まれてるよ……いかにも「この虫けらが。この私に迷惑かけるなんて何様なの? 虫けららしく地面に這いつくばって世間に恥じて生きてればいいのに」と言い出しそうな顔してるよ……
「委員長、貴椿くんと一緒に風紀委員室行くの?」
「気は進みませんが」
「じゃあ私は乱刃さん連れて行くから」
「お任せします」
ん? 乱刃?
――話を聞けば、俺と一緒に乱刃も、風紀委員から出頭要請が掛かっているそうだ。
そして放課後。
「貴椿くん」
ホームルームが終わって、窮屈な学校から解放されたクラスメイトたちがなぜだか俺に一瞥くれてから教室から出ていく最中、担任の白鳥先生が教壇から降りてきた。
「これから風紀委員室へ出頭するんでしょう? だいたいの事情は聞いているわ」
これから校則違反による公式の罰が下されるんだ。さすがに教師の耳には入るか。
――なんでも九王院学園では、生徒の自治が中心になっているらしい。退学処分は無理だが、停学までの罰は風紀委員や生徒会の独断で下すことができるという、なんとも自主性を尊重しまくった校風になっている。
北乃宮の話では「魔法の使用には判断力が必要になる。判断を誤れば人を傷つけたり、物を傷つけたりする。あらゆる意味で責任感を養うためのシステムだろう」とのことだ。
「転校早々お騒がせしてすみません」
「うん? うん、まあ……貴椿くんは結構古風なのね」
意味をぼかした曖昧な言葉で、白鳥先生は困ったように笑う。
「昔は男が女を守ったそうだけどね。今は逆が主流だから」
俺の島には古い人しかいないから。男は女を守るものだ、と小さい頃から散々言われたものだ。
……でも今はわかる。
今の女子は、男子に守られるほど弱くないから。
向けられる邪な気配を感じさせる視線からして、女子は守られる存在じゃなくて、攻めまくるケダモノにしか思えないから。
「先生ね、そういうの嫌いじゃないの。でもそれであなたが怪我をするのは違うと思う。お願いだから危険なことはしないでね」
「……はい。以後気をつけます」
都会の教師は、最近は教え子に手を出そうとしがちなモラルもへったくれもない破廉恥教師が多いともっぱらの評判だったが、白鳥先生は違うようだ。新任だけどいい先生に会えたものだ。
「もし顔に怪我でもしたら大変だものね」
えっ。
「貴椿、そろそろ行こう」
「あ、ああ。行くか。……じゃあ先生、さようなら」
白鳥先生の言葉に違和感というか、何やら恐ろしいものを感じた気がするのだが、まあ、気のせいだろう。
だって確かに顔に怪我をしたら大変だからな。
顔や頭には、脳や神経が集中しているんだからな。
……そうだよな?
教室を出たところで、いつの間にか委員長が合流していた。
北乃宮と委員長は、まるで罪人を連行するかのように俺を左右に挟んで歩いた。
まるで罪人を連行するかのように……と思ったところで気づいた。
実際そうなのか、と。実際そうだった、と。
帰宅する魔女たちを避けながら、昨日は下った階段を上へ。風紀委員室は校舎最上階の6階にあるそうだ。
ふと、踊り場の窓から乱刃が決闘した中庭、更にその向こう側に、木々が立ち並ぶ森のようなものが見えた。かなり密集して見えるので、意外と規模が大きそうだ。
そして森の中央辺りだろうか、大木が見えた。昨日校外から見かけたあの大木だ。
「なあ、あの木ってなんだ?」
何気ない質問だったのだが、左右の二人は立ち止まり、俺の指差す先にある巨木を見た。……立ち止まるほどのことじゃない、ただの世間話のつもりだったのだが。
「知らないな。委員長は?」
「気にしたこともありませんでした。あそこは確か、授業や実技試験で使われる『魔法の森』だったはずですが」
新学期が始まってすぐである。
まだ高等部一年生には、授業や試験で使われることはないそうだ。
「改めて見れば、かなり大きいな。樹齢千年は軽く越えているかもしれない」
「近くで調べないと何とも言い難いですね。……それで、あの木が何か?」
「いえ何もないです」と答えると、委員長にギロリと睨まれた。……そんな「早く自殺しない? 私のために」って言い出しかねない顔されるほどつまんないこと言いましたかね!? 言ってたらごめんね!
そんな俺が委員長に睨まれるという一幕があったりなかったりして、俺たちは6階へとやってきた。
「……」
開けっ放しだった金属の扉から出た先は、青空の下にある、屋上で。
遠くには相変わらず意味不明な『虚吼の巨人』が空を割っている姿が見えて。
目の前にはプレハブの小屋がドーンと建っていた。
「ふ、風紀委員室? これが?」
ほとんど屋外のような場所にあるとは思わなかった。都会の学校はなんというか……シャレてるね!
「事件現場に即座に駆けつけられるよう、敷地内を上から広く見える場所を選んだそうです。見える場所なら多少距離があっても『瞬間移動』が楽ですから」
そっか、利便性を考えた上なのか。オシャレだからではないのか。
「魔女の多い学校だ。昔は風紀委員用の部屋なんてなかったそうだが、とかく実動が多くなったから、こうして専用の部屋を持つようになったらしい」
ということは、風紀委員は主に魔女に対応するのが仕事なのかもしれないな。だったら騎士志望が多いのかもしれない。
「来たか」
その声は、後ろからだった。
俺たちが今上がってきた階段を振り返ると、御鏡先輩と怖くないクラスメイトと。
その二人に連行されてきた乱刃の姿があった。
本当に怪我も癒えたようで、歩く姿に違和感はない。それどころか制服に付いているはずの血痕や、槍が突き刺さった穴もない。そっちも魔法で処置したのだろう。魔法ってすごいな。
「――おい、おまえ」
乱刃は俺と目が合うと、ずずいっと目の前にやってきた。
背丈が低いので、思いっきり下から見上げる。
「誰かは知らんが、おまえに殴られたことは憶えているぞ」
「いや殴られたことより俺の名前を憶えとけよ! もう三回くらい自己紹介してるんだぞ! 貴椿だよ! 同じクラスで隣の部屋の貴椿!」
「……た、たか、つ、……ばき?」
「なんで初めて聞いたような顔してんだよ! もう何度か聞いてるだろ! 俺から!」
本当に物覚えが悪いな! そんなに憶えづらい名前かよ!
「遊んでないで早く来なさい。――代理、一年の乱刃戒と貴椿千歳を連れてきました」
俺と乱刃が睨み合っている間に、御鏡先輩は風紀委員室のドアを開け、中の人物に声をかけていた。




