12.貴椿千歳、呼び出しを喰らう
「そこまでだ! 全員動くな!」
凛々しい声が通る。
声がすると同時に、野次馬していた周囲の魔女は、条件反射のように先を争い逃げてゆく。
俺が決闘に乱入し、乱刃が連れて行かれて、もう揉める理由もなくなったので解散だろうか――そんな緊張感のない雰囲気になっていたこの場に、再び緊張感が張り詰めた。
この声は、昨日の朝も聞いた気がする。確か風紀委員とか言っていたはず。
まあここは俺も逃げるべきだろうな!
「君は駄目だろ」
俺も転校二日目で揉め事はごめんだ。反射的に逃げようとする……が、北乃宮に「ダメだろ」と言われ動けなくなった。
「ただの傍観者ならまだしも、君は当事者だ」
「は?」
当事者、って……え? 俺が? 当事者は乱刃と二年の魔女三人だろ?
「え? なんで? 結果的に俺が乱刃のとどめ刺しちゃった形になっちゃった形だから?」
「その形はどうでもいい。……いや、それも問題かもしれんが、とにかく逃げても追いかけられるぞ。心象も悪くなるから逃げてはいけない」
いまいち事態が、というか北乃宮の言葉の意味がわからないまま、さーっと消えていった野次馬たちと入れ替わりに、奴らは現れた。
いかにも上級生という貫禄がある、三人組。女子二人に男子一人という構成だ。左腕に通された赤い腕章には堂々と刺繍された「風紀」の文字が見て取れる。
あれが風紀委員的な人たちか。すげー。ドラマでしか見たことないぞ。実在するんだなー。
つやつやの長く美しい黒髪と銀縁メガネの女子が先頭に立ち、凍ったり焦げたり土を掘り起こされたりしたようなこの場の惨状を見回す。
「向こうの魔女たちは任せる」
「はい」「おう」
黒髪メガネは、後ろに控えていた二人の男女に命じる。二人は乱刃のケンカ相手の方へと駆けていく。
……彼女らも律儀に逃げなかったところを見ると、逃げても無駄だと悟っていたのだろう。今逃げたところでたくさんの人に見られていたんだし、すぐバレるからな。
そして、黒髪メガネはこちらへやってきた。
「所属と名前を言いなさい」
厳しい視線で、俺を見ながら、そう言った。
「……しょ、所属? 何?」
言葉の意味がよくわからず、横にいる北乃宮に問うと、「何年何組の誰か、って訊いているんだよ」と囁いた。そうか、所属か。そういうことか。
「1年4組、貴椿です……けど」
「貴椿? ……転校生か」
あ、知っているのか。
「昨日今日やってきたから知らないこととは思うが、しかし日は浅かろうと九王院の生徒であることは事実。無罪というわけにはいかない」
え? 無罪? って……え?
「な、何が? 俺が乱刃にとどめ刺しちゃった形になったから?」
再び北乃宮に問うと、奴は溜息混じりに言った。
「決闘というシステムは校則で認められているんだ。だから誰も邪魔しないし、普通は邪魔できないんだよ」
……あ、そうなのか。ようやくわかった。
「俺が結界割って乱入したことが」
「それだよ。それが校則違反で罰則事項だ」
本当かよ。……本当なんだろうな。誰も冗談言ってる感じじゃないもんな。
だが、これでなんとなくわかったな。
北乃宮がここに来ようと思わなかった理由は、来たところでできることがなかったからだ。決闘は学校側が用意し、推奨する校則だった。邪魔できないことを知っていたから動こうとしなかったのだ。
それと……単に揉め事も嫌だったのかもしれないが。
「御鏡先輩、貴椿の行動には情状酌量の余地があると思います。一部始終は俺が証言します」
おお……
誠意溢れる北乃宮の言葉に、御鏡と呼ばれた黒髪メガネは「いや」と首を振る。
「大体わかっているから不要だ。私も酌量の余地はあると判断する。決闘の乱入は厳重注意でいいだろう――だが問題は『結界を壊したこと』にある」
結界を破壊したこと?
「学園の用意した魔法を意図的に破壊する行為は、決して許されることではない。あれは生徒を守るためのものだ。あなたが安易に破壊したせいで、他の無関係な生徒が巻き込まれて怪我をしたらどうする? あなたがやったことはそういうことだ」
御鏡先輩の言うことは、どれもがひどく納得できることだった。自分の短絡的な行動を恥じるくらいに。
そう、内外を遮断する壁は、被害を最小限にするためだ。
ちょっと考えればわかることなのに、なのに俺は安易に魔法障壁を破壊してしまった。
でも、悪いとは思うが、後悔はない。
乱刃を止めたこと自体は正しいと信じているからだ。……乱刃本人にとってはただのお節介で、元気になったら怒りそうではあるが。
でも、あれ以上やらせなくてよかったと、本当に思う。死んだら終わりだから。
「それに魔法と同じく、レベル2以上の抗魔法の使用も、許可が必要だ。一年生なら使用許可は持っていないはず。それも罪に問わねばならない」
あ、いや。
「それは大丈夫です」
「口を慎め。軽はずみな言動はあなたの心象を悪くする」
「いや、そうじゃなくて、俺の使った抗魔法はレベル1です」
「笑えない冗談だ」
「いやほんとに」
だいたい俺は、抗魔法の技術は、基本中の基本しか知らないのだ。
確か抗魔法には、魔法を反射したり、何倍にも増幅して返したりする強力にして高度なものがあると聞く。たぶんそういうのがあるから、使用制限が定められているのだろう。
「態度を改めろ。無意味な保身は罰が増えるだけだ。あの魔法壁はレベル7の自動発動魔法結界だ。いくら脆い自動発動型でも、レベル4から5の魔法か抗魔法でしか破壊できない」
「でも本当なんです。本当にレベル1なんです。俺は基本以外使えないんです」
「もういい。この件に関しては反省の色がないと見なし、反省文という形で罰を上乗せする」
えー!? そんなバカな! 本当だって!
「――本当だよ」
言ったのは、御鏡先輩と一緒に来た風紀委員二人に連行されてきた魔女三人の中の、乱刃に槍を刺した二年生だ。
「その子、レベル1の抗魔法で私の『鉄槍』消したから。ちなみに私の『鉄槍』はレベル4相当」
「……」
「いいねー転校生くん。おねえさんと付き合わない?」
うわ……クラスの女子と同じケダモノの目を……その目、怖いからやめてよ!
「――早く連れていけ」
魔女はどこかへ連行されていった。
信じたのか疑ったかはわからないが、御鏡先輩は厳しい顔のままだ。
「……抗魔法使用の件は、確かめた上で審議を定める。放課後、風紀委員室まで出頭しなさい――北乃宮くん、あなたに監視と連行を命じます」
「わかりました」
これで話は終わったようで、御鏡先輩は携帯電話で誰かと連絡を取りながら去っていった。
……御鏡先輩か。
あの人はいいな。
態度は厳しいが、怖い目で俺を見ないからいいな。あんな女子もいるんだな。
「というわけで、放課後は風紀委員室だ」
「都会の学校は色々ややこしいんだな」
「都会だからじゃなくて、人が多いからだよ。だから揉め事も多いし、揉めないようにするルールも多いんだ」
っていうかだ。
「なんで決闘なんてものが校則で認められてるんだ? 言い換えれば公認のケンカだろ?」
「校外でルール無しにやられたら、それこそ死人が出かねないからだよ。魔女の恐ろしさくらい知っているだろ? キレたら躊躇も見境もない」
そうだな……むしろおおっぴらにさせているからいいのかもしれない。
今でこそ魔女の存在と権利は世間的にも法の上でも認められているが、ポツポツと世間に出てきた頃は、過激な弾圧の声も少なくなかった。
昔の魔女狩りほどではないにしろ、魔女を排しようという動きもあった。
そして、ちょっかいを出されてキレた魔女が色々やらかしたことも、ちゃんと記録に残っている。ちょっとした災害レべルの人災がいくつか起こったのだ。
「騎士志望として言わせてもらえば、力があるなら力を持つ者としての責任くらいは背負ってもらいたいものだ」
衝動のまま動くのでは動物と変わらないではないか、と北乃宮は溜息を吐いた。
「……それって俺のこと?」
「フッ。どうかな」
「田舎者だって皮肉くらいわかるんだぞ」
「それより昼食に行こう」
軽くあしらわれた……なんか敗北感がすごいんだが。都会の男子はなんかすごいな。




