09.貴椿千歳、委員長に睨まれる
来たはいいが、できることはなかった。
クラスメイトの女子二人と、ただただ乱刃を見守ることしかできなかった。
パッと見た限りでは、数の差と戦いの痕跡からして、二年生の魔女三人側が優勢に動いている……と思ったのだが。
牽制のように飛ばされる『氷の矢』や『火の玉』を、乱刃は身体を捻ったり飛んだりして危なげなくかわす。
攻撃魔法自体は非常に小粒だが、数も速度も相当なものである。一度に飛来するのは、五、六本で、それを三人がかりで多重あるいは時間差でやってくる。
小さい乱刃の身体では、一発でも直撃すれば、致命傷になりかねないのに。
それでも、魔女でも騎士でも少女は、身にかすらせることさえ許さない。
魔法漏洩を防ぐ結界内に、攻撃魔法の痕跡だけが増えていく。
見た目には攻められているだけなのに、実際は、逆に攻撃していない方が攻めているように見えるのは、実力差が顕著だからだ。
こんな飛び道具には、絶対に当たらない。
傍から見ていてそれが確信できる見事な動きだった。
「すごいねー」
「うん。よく見てるな」
心配する必要もないと思えるほどの余裕さえ感じさせる。ここまで実力差があるのでは、相手の魔女三人の方が気の毒に思えてくる。
そして、ここまで動けるなら、攻勢に出ることもできるはずだ。
これから乱刃がどうするかはわからないが、このまま回避し続けて魔力切れを待っても勝てそうな気がする。
「レベル2では無理そうですね」
委員長が呟いた。
「レベル2、って……何?」
聞き返すと、委員長が俺を睨んだ。「は? そんなことも知らないの? 死ねば?」と言いたげに。……この人、怖い。そこら辺で食い入るように俺を見ている女子とは違うベクトルで怖い。
恐れおののく俺に、怖くない方のクラスメイトが代わりに答えてくれた。
「魔法のランク。九王院の魔女は、資格試験に通って許可証を貰わないと、レベル2以上の魔法の使用が禁止されてるんだ。校則でね。正当な理由がないまま使用したら、使った時点で即厳罰。魔法封印一週間の上に反省室行き、っていうのが最低限の罰らしいよ」
あ、そうなのか。道理で魔女の攻撃魔法にしては生温いと思った。
「試験取得には年齢制限があるので、通常は二年生が今の時期に持っている可能性はありません」
「こんな常識なんで知らないの? でもその前になんで早く死なないの?」と言いたげな顔の委員長が、そう補足した。……この人ほんとに怖い。
これ以上委員長と目を合わせていたら圧力に負けて衝動的にやらかしそうなので、怖くない方のクラスメイトに顔を向ける。
「えっと、それって世界基準だったよな?」
今まで魔女の世界とは無縁に過ごしてきた俺は、本当にその辺のことを知らない。実際は委員長が「死ねば?」と言いたそうな顔をするくらいの常識なのかもしれないが……
「そうだよ。国によっては若干の差があるらしいけどね」
それでも、怖くないクラスメイトは普通に説明してくれた。
「レベル10まで段階があって、レベル10以上の魔法が使える魔女が高位魔女って呼ばれる存在だね。ちなみに日本の魔女の平均レベルは4.2くらいって言われてる。九王院の普通の高等部二年生なら、レベル4くらいまでは余裕で使えるはずだけど」
でも、校則でこれ以上の強い魔法が使えない状態にある、と。
「――もういいか?」
横殴りの雨のように降り注ぐ魔法攻撃が、息を吸う合間のように止まった。
魔女たちは魔法を乱発したせいで肩で息をしているのに、それに対応していた乱刃は何事もなかったかのようにただ立っていた。
「――これで精一杯なら、もういいだろう。負けを認めて去れば私は手を出さない。だがこれ以上続けるなら容赦しない」
敗北勧告だ。
だが、それは俺にもよくわかることだった。
そんな言い方では、魔女のプライドを傷つけるだけだ。
元々は、魔女のプライドを取り戻すためのケンカのはずだ。魔女でも騎士でもない乱刃に負けた屈辱を雪ぐケンカのはずだ。
なのにまともに相手にもされずあしらわれて、挙句「相手にならないからさっさと帰れ」などと言われる。
こんな恥辱があるだろうか。
恐らく乱刃は何も考えていない。
もしかしたら、伝わりづらい不器用な、彼女の優しさでさえあるのかもしれない。
言葉通りの意味で、他意はないのだろう。
だがその言葉を向けられた魔女たちにとっては、他意があろうがなかろうが、プライドを抉られるに等しい言葉だったに違いない。
しかも、これだけの魔女が見守る中、ここですごすごと引き下がることなど絶対にできないだろう。それこそプライドが許さないはずだ。
ざわ、と、魔女三人の気配が――魔力の流動が変わった。これまでとは桁違いの魔力が動き始めた。
中央……乱刃の正面に立っていた魔女が、両サイドにいる仲間に「任せろ」とばかりに手で合図を送り、二人を下がらせた。
「――もういい。加減しない」
一対一の形となった正面の魔女が、フワリと浮き上がる。
「――望み通り殺してあげるから」
本当に人間の言葉なのかと疑いたくなるほどの、情を感じさせない冷たい言葉。
身体の芯から全身に廻る魔力に呼応し、髪が広がり、スカートの裾がはためく。地から離れた足元には、足場のように、ぐるぐる回る二次元魔法陣となって展開されている。
あれは圧縮されて可視化状態になった魔力――つまり大技の前兆だ。
「あーあ。キレちゃった」
「厳罰ものですね」
おいおい……おまえらものんびりしてていいのかよ。
あの魔力の濃度は、まずいだろ。今までの小技とは桁が違う。明らかにレベル2どころじゃない。
魔女同士だったり騎士相手だったらまだしも、どちらでもない相手に見せていい姿じゃない。
「助けにいかなくてもいいのか?」
「「決闘中は無理」」
声を揃えて断言された。
「レベル2以上の魔法は、使った時点で校則違反です。ただし、決闘中はそれが適用されません」
「適用されるのは、決着がついた後になる」
つまり、乱刃が負けるか、魔女が負けるか、その決着がついてから……ということになるのか。正確には「まだ使用していない」しな。だが使用するための前準備は完全に済んでいる。
「何より、乱刃さんが負けを認めてないからね」
この時点でも乱刃が降参すれば、決闘は終わる。
だが……乱刃のことはまったくよくわからんが、あいつはきっと降参はしないだろう。
負けを認めるくらいならやられて負ける、そういう奴だと思う。
だいたい、状況に合わせて簡単に自分を曲げられるような奴なら、こんなことになんてなってないだろうから。
「――謝るなら許してあげる。魔女様には敵いません許してください、って言ったらね。どうする?」
今度は反対に、魔女からの敗北勧告である。
本当にこれが最初で最後だろう。
結界があるのであまり感じられないが、恐らく魔女の周囲には殺意にも似た魔力が広がっているに違いない。
普段は特に何もない。
なのに、そこに敵意が含まれるだけで、魔力は異常なくらい不快な空気へと変わる。
きっと結界の中は、不快な敵意ある力が全身を覆うくらいに渦巻き、息が詰まるような空気が充満しているはずだ。
しかし乱刃は、それでも動じなかった。
「――構わん。来い」
豹変した魔女とは対照的に、乱刃は何も変わらなかった。
魔女は残酷に笑った。
目の前の敵を駆逐するために。




