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私のその言葉を聞いた彼女、ナギサは私から体をゆっくりと離した。そして、すぐに、私のシャツの裾をギュッと引っ張るようにつかんだ。

いきなりのことで私は驚いたが、そのつかんでいる手がふるふると震えていたのに気づく。


「…やだ…っ」


苦しそうにこぼれた彼女の声。

”やだ”。


彼女の体を縛りつけているのは、きっと彼女自身。

自由を許さない彼女自身。

でも、本当は自由に手を伸ばし、はやく楽になりたいという彼女もいる。

きっと、彼女は今も迷っているんだろう。


「…や、だよ…っ壊れちゃ、やだ…っ」


――――壊れる?


何で、壊れ…?


「ナギサ…?」


いつの間にか、私の声も弱弱しくなってる。あぁ、これじゃぁ、もっと彼女に不安が…。


「・・・往かないで・・・よ」


”往かないで”、か・・・。


零れ落ちる彼女の言葉ひとつひとつ。

まるで、昔の私のようだ。

弱くて、負けていて。


「ナギサ」


私はくるりと体を翻すようにナギサと向き合った。ナギサの目はゆらゆらと戸惑いで揺れていた。

そっと彼女の両頬に私の両手をあてると、ナギサはようやく私と目を合わせた。

きっと彼女は、私を通して他の誰かを見ていたのだろう。私はふっと笑ってナギサの身長と合わせるように屈む。


「ナギサ、私はね、ナギサのことを守りたいの。守られるのはナギサなの。だから、きっと。きっと、私はナギサを守るためにけがを負うかもしれない」


優しく、安心させるように柔らかく言う。でも、言葉はナギサにとっては残酷なのかもしれない。


でもね。


「でも、でもね。私はこの一週間の間で、ナギサと私の関係は変わると思うわ。私が友達になるかならないかの返事は別として、いい方向に行くと思うの。今の私たちは、”友情関係”じゃない。”守る側”と”守られる側”の関係よ」


確かに、今はそうかもしれない。でも。


「期間が終わればこの関係はなくなる。でもその代わりに、”女同士で仲の良い関係”になるのよ」


関係は大切だ。きっと、彼女自身もわかっている。でも今は期間中だ。


「だから今は、おとなしく守られていて?私の言うことをきちんと聞きなさない?逃げる時は逃げなくちゃダメ。私がそこにいようとも、あなたは逃げなくちゃいけない。彼らのところに帰らなくちゃいけない。もちろん、無傷で」


このことが、彼女にとってどんなに辛いことだろう。

彼女の過去はよくわからない。しこりもよくわからない。

だけど、きっと彼女は過去にある、何らかの事件によって弱くなったのだろう。


「ナギサ、この一週間、何もないというわけじゃない。だからといって、ないという確率の方が高いかもしれない。でも、今は私に守られていてくれる?あなたのために、私のために、ね」


瞬間、彼女の瞳から一粒の涙が零れ落ちていった。え、と私が戸惑うと、ナギサはまた、思い切り力を込めて私に抱きついてきた。

背中にまわされた腕が震えている、けれど。彼女は戦っていた。

辛さと、過去と、悲しさと。


「ハカ、ネちゃんっ」


泣いているナギサは子猫のように小さかった。親猫をなくして、孤独で生きているような子猫。

それでも、今は支えられながらも一生懸命立っている。


きっといつか、自分一人でも立てるように。


「よしよし、いいこいいこ」


ふわふわとしたミルクティー色の彼女の髪をなでるように頭に手を当てる。

・・・っていうか。


「ナギサ、今気が付いたんだけどね」

「え、うん。何?」

「……授業、完璧サボっちゃったね」

「…あ、そうだね」


……………あれ?


………………あれ?



え?え?え?


えっ?


「お、驚かないの?」

いやいや、私は授業サボるのは日常茶飯事だけど、まさか、ナギサも日常茶飯事なんてこと…ないよね?

だって、ねぇ…?


「驚くも何も、私、毎日学校に入ってるけど、ほとんどコウ君たちといるからサボっちゃってて…」


苦笑い気味に言われた。

いやほんと、びっくり、たまげたわ。


結構優等生っぽいイメージだったんだけど、ね。


「じゃぁ、いいか。とりあえず、彼らと合流しましょ?」


私は未だにくっついているナギサの体を引き剥がし、ナギサの腕をつかんで女子トイレから出ていく。

出て行った先に立って待っていたのは奴ら、だった。


…眉間のしわがやばいことになっている…っ


いや、たしかに時間は長かったかもしれない。


でも、でもねっ!


「おい、なげぇんだよ。ナギサに危害はねぇだろうな?」

「っち、おせえよ、ヒーロー気取りのくそ女。何時間かけてんだよ」

「はぁ、待つのって嫌いなんですけど…」


…何、これ。

私に対する批判ばっかりじゃない。

はぁ、とため息をこぼすと私の後ろにいたナギサがぴょこんと前に出てにっこり笑った。


「私は全然平気!時間かけてたのは、ハカネちゃんとお話してたの!…あっ!ハカネちゃん、ほっぺ大丈夫!?私の代わりに…」

「…ほっぺ?…あぁ、うん、大丈夫よ。猫パンチくらったようなもんだったわ」


そういえば忘れていた。私はパンダたちから平手打ちをもらったんだ。全然、まったくもっていたくなかったけどね。


「ほ、ほんとに?」

「えぇ、まったく、心配性ね」


安心させるように、また笑うとナギサも、ふんわりと柔らかく笑い返してくれた。

やっぱり、かわいいなって思う。


「おい、どういうことだ?」


口を挟んできたのはリーダーさんの斉藤。

まったく、いい雰囲気だったのに。


「あ、あのね!私が女子生徒に平手打ちさせられそうになったんだけど、いきなり出てきてくれた私のヒーローのハカネちゃんが、私の前に立って代わりに平手打ちをされちゃったの…っ」


そのことを思い出したのか、ナギサの声はだんだん小さくなっていった。

まったく、ここまで責任感が強いとは…。

私は隣にいる身長の小さいナギサの頭をポンポンと優しくたたいた。


「バカワイイのにこれ以上かわいくなるな。まったく。私は全然痛くないから」

「でも、赤く…って、今、え?バカ、えカワイイ…?え、ば、かわい…?」


ああもう、焦っちゃって。かわいいんだから、もう。



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