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プロローグⅢ

土曜日更新予定でしたが、都合により本日更新です。

 


 これは夢だ。

 一体その言葉を心の中で何度唱えただろう。最初こそ気休めになれど。あまりにも繰り返し叫んでいると、今度は現実がどれかわからなくなるのが怖くなった。

 俺は椅子を倒れる限界まで傾けながら、一人ノイズ音と化した周りのざわめきを右から左へ受け流し続けていた。

 「あと、少しか・・・」隣の修一が何度も喋りかけてくれている気がするが、俺は適当な相槌を打つばかりでなにも頭に入れていなかった。もうなにもかもが無意味としか思えなくなると、人は本気で関心をなくすことを知った。

 現在時刻12時58分。後二分で、世界はループする――――



 なにも変わらない、なにもおかしくない車内で。俺はまるで腹でもくだし、次で降りるか目的地まで我慢するかの瀬戸際に追い込まれているかのような、気持ち悪い冷や汗を大量に噴出していた。

 キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回し、正面に向き直ってため息をつく。この動作を乗ってきたバス停から、例のインド料理屋『ナムナム』が見えるチェックポイントまでかれこれ5回以上は繰り返していた。もしかしたら、かなり挙動不審で怪しまれていたのかもしれない。

 俺は間違い探しをしていた。流れゆく風景、腹を抱えて笑う高校生二人組、単調なアナウンス・・・入り口付近に佇む白き少女。なにもかもを全身全霊、神経を極限まで研ぎ澄ませて記憶と照合させていた。

 いくつか、いや一ヵ所でも違うところがあれば、このくっきりと痕跡を残す記憶はただの夢だったんだと証明できると信じていたのだ。

 しかしこれがなかなかうまくいかなかった。なにせ前の記憶の時は、なんでもないように聞き流していたことを思い出さなければいけないのだから。どれもこれも、間違っているようで当たっているような、曖昧な判断しかできなかった。

 そんな時、「あ・・・」と俺は窓の外を見つめながら、間抜けな声を上げた。これは現実だ、現実だ。何度も瞬きをしながら言い聞かせて、間違いがないことを確認する。

 『ナムナム』の店の引き戸が開かれ、ターバンを被った褐色肌の外人の男が出てきていた。黒いエプロンをしているところを見ると、おそらく店員なのだろう。

 俺は小さくガッツポーズをとった。心の中で何度もやったーっと叫んだ。俺の記憶の中では、店から店員なんて出てきていなかった。ただでさえ目立つ店だ。見落とすわけがない。

 バスはT字路を曲がり、信号機をいくつか挟みながら小松原のバス停を通過した。

 俺のテンションはうなぎ上りだった。脳内メロディにはベートヴェンの『歓喜の歌』が流れ、陰気くさい車内の中で一人壮大なエンディングを迎えていた。

 そう、あれは夢だったんだ。あまりにも現実的過ぎてつい戸惑ってしまったが、よくよく考えれば時間が戻るなんてありえない。世界はなにも間違ってなかった。間違っていたのは俺の方だった。

 この時のぬか喜びを、今でも俺はとても懐かしく思う。もしかしたら以前の俺は、ここから約4時間程度後までが最期だったのかもしれない。

 「ああ~だるかった」


 ピピピッ、ピピピッ


 「嘘だ・・・」絶え入るような俺の声は、あっという間につんざく電子音の彼方に消え去った。

 見る必要がないとわかっていながら、おずおずと俺は携帯の画面を確認する。現在時刻はAM7:03。日付は7月23日を示していた。

 

 ――――時間が、ループしている。

 その結論を呑み込むまでに、俺は自慢じゃないが約22時間かかった。実際は起きてから4時間程度なのだが、3度のループの分を俺だけが無駄に費やしていた。

 「あーあ、もうすぐ試合終わっちゃうし。隠れて聞いてたらバレるかな・・・」修一がハゲジジイの授業など毛頭聞く気がないとばかりに、机に肘をつきながら呟いた。元々修一はこの授業の科目を専攻していないため、端から授業を聞く必要もノートをとる必要もなかった。

 ではなぜこの授業に出ているのか。答えは簡単、単に構ってほしいからである。

 「・・・・・・」俺は修一を一切無視してノートをとり続けた。先程からチラチラこちらに視線を向けているところを見ると、おそらくあれは俺の反応を欲しがっている独り言なのだろう。

 しかしさすがの修一も、授業に集中している相手を強引に巻き込むことはしない。あくまでも相手から話に入ることを待っている。意外と律儀な奴だ。

 そんな修一に申し訳ないと思っていたのかどうかは定かではないが、俺はノートはとっていても授業のノートをとっているわけではなかった。

 俺はノートに箇条書きで書かれた文字列を見ながら「なんかほかにあったっけ」、と呟いた。


・時間が逆行。7時から始まり、13時丁度にループする。

・俺以外誰も気付いていない。

・全く同じではなく少し違う世界になる。

・ループする時は決まって睡魔が訪れる。


 さすがの俺もこう何度もループするだけでは埒が明かないので、俺なりにこの時間逆行の特徴をまとめてみた。

 まず1つ目。これは3度目のループの際にやっと調べることができたことだ。

 起きる時間は多少の誤差があった。けれどループは13時きっかりにループしていた。訳が分からなかった1度目と気が動転しすぎていた2度目は詳しい時刻を確かめられなかったが、記憶をたどると大体同じ時間に逆行していた。これによりループまでのタイムリミットがわかった。

 次に2つ目。これが最も俺に不安を与えたものだと思う。

 ループした世界で、俺以外にループしていることに気付いている奴は誰も居なかった。そもそもな話、もし気づいていたらそれこそ世界規模の大ニュースのはずだ。

 変人と思われるのではないかという不安を乗り越え、勇気を振り絞って修一に尋ねた時のあの恥辱を俺は当分忘れない。まさか修一に、「なに、頭おかしくなった?」などと言われる日が来ようとは夢にも思わなかった。

 そして3つ目。これが俺に一時の幸福と絶望を与えた主犯者だ。

 どうやらループすると、全く同じ時間が訪れるわけではないらしい。人との会話然り、あのインド料理屋の店員然り、限りなく近いが完全には一致しない。

 特に印象に残っているのは、修一が持ち出すラジオだ。俺はそこで我が母校野球部の不甲斐ない惨敗を知るわけだが、どうにも結果が違っているのだ。

 最初は15対0。2度目は13対0。3度目に至っては8対0と5回コールドにすらならなかった(結局修一たちは落ち込むのだが)。

 もしかしてシミュレーションゲームと同じように、乱数によって結果も変わるのだろうか。

 最後に4つめ。これは経験からいって間違いない。

 ループする際は、必ず強烈な睡魔に襲われる。しかもそれは教室に居ようと廊下に居ようと無条件に訪れる。一度頬や膝をつねるなど自分なりに打ち勝とうとしてみたのだが、パソコンの強制シャットダウンと同じくこれに対抗することはできなかった。

 そして深い眠りにおち、目覚めると朝の7時頃の自分の部屋に戻ってしまう――――


 シャープペンシルの先でノートを叩いていると、芯が折れてどこかへ飛んでいってしまった。

 思ったよりも情報は少なかった。実質本腰をあげて情報を集めだしたのが3度目のループにかけてである。今でこそこうしているが、それまではまず現状を受け入れるのに精一杯だった。

 逃れられない時間のループ。俺だけがそれを知っている事実は、世界で自分一人だけが取り残されたようで、強烈な孤独感と恐怖を俺に与えた。

 ここだけの話、耐えられなくなって涙が噴き出して、休憩時間にトイレに駆け込んで一人泣いたりもした。外に漏れないように声を押し殺して泣きまくった。

 こんなに泣いたのは、小学校の時に見た某宇宙SFの感動シーン以来だった気がする。

 しかし人間とは不思議なもので、涙を精一杯流すとそれと一緒に体中の悪いものも吐き出され、浄化されたようにスッキリした。

 時間がループするなら、ループを超えればいい。立ち止まっているだけでは永遠にループは終わらない。俺は奮起した。それならなぜループしているのか、どうして俺だけがそれに気付けたのか。全てを解き明かして見るもの見せてやる。

 俺を泣かした代償は、高くつくぜこの野郎。

 こうして俺の、この摩訶不思議な時間逆行との戦いは始まったのだった。

 「よし、ではここまで。午後の部に向けて各自休憩をとるように」丁度替えの芯を入れ直したところで、ハゲジジイの授業が終わった。

 考察はここまでのようだ。まだまだ全貌には程遠いが、これからどれだけでも俺は時間を費やすことができる。ループはいつのまにか、俺の中で肯定的な要素となっていた。

 「よう大介。お前もこっちでラジオ聞かねえかラジオ」適当に纏めたところで、修一がニタニタ笑いながらもう聞き慣れたセリフを吐いた。

 俺は静かにノートを閉じて、これまた言い馴れたセリフを吐き捨てた。

 「つーかなんでラジオなんだよ。ワンセグとかで見ればいいだろ?」

 さて、我が母校野球部は今度はどんな醜態を晒してくれるのか。楽しみだ。



 来たる5度目の7月23日。前回と同じく、ここまでの時間までに色々と試した結果をノートにしたためていた、ハゲジジイの授業中。事態は、思ってもみなかった形で進展を始めた。

 「あ痛っ」唐突に、なにかが頭に当たって俺は小さく声を上げた。慌てて当てられた方向を見るが、そこにあるのは必死にノートをとり続ける生徒の姿だけ。誰一人として俺の視線に気付く者など居なかった。

 ふと、痛みの感触を確かめながらノートに向き直ると、小さな紙飛行機が不時着していることに気付いた。「なんだ、これ?」どうやらこれが俺の頭にぶつかったらしい。俺はすぐさま紙を広げようとしたのだが、そこであるおかしな点に気付く。

 「誰が投げたんだ??」俺は隣、右隣に居る修一に目を向ける。修一は相変わらず退屈そうに、ノートをとるふりをしながら落書きをしていた。

 おかしい。こんなイタズラする奴なんて、修一以外に考えられない。けれどこの紙飛行機は俺の頭の左側から、つまり修一とは逆方向から飛んできたことになる。

 俺はもう一度紙飛行機に目を落とす。たかが紙切れに、俺はある種の恐怖心を芽生えさせていた。けれどこのまま放置するわけにもいかない。

 周りをぐるりと見回してから、俺はゆっくり紙飛行機を開いた。するとそこには


『キガツイタ?』


 カタカナで、その文字が書きなぐられていた。

 なんだこれ・・・?

 

 



 


 


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