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プロローグⅡ



――――さて、ここでこれから始まる、悩ましくも忘れられない物語を語る前にまずは事の発端を話していきたいと思う。まだ慌ててはいけない。まだ・・・



<7月23日 日曜日 12時24分>


 「よし、ではここまで。午後の部に向けて各自休憩をとるように」黒板を丁度端まで文字で埋め尽くしたところで、ハゲジジイがせわしなく教材をまとめて教室からでていく。

 おい、時間過ぎてんぞ、と言える余裕のあるものはどうやら誰も居ないようで。休憩宣言が出されたのにもかかわらず、席を立つ者すら居なかった。

 あの野郎、また書くだけ書いて去りやがった。質問を受け付けることもなく、生徒の書き写すスピードを確認するわけでもなく、ただ独り言のように解説を吐き捨てながら進めるあいつは、「黒板と会話する先生」として有名だ。

 ひたすらノートに書き写すことに尽力すれば、確かに少々遅れながらもあのハゲジジイと大体同じタイミングで終われる。だが解説を聞かなければ、なんのためにわざわざ日曜日にこの塾に来ているのか、本末転倒も甚だしい。

 結局、みんな残りを書き写す延長オプションを選択せざるを得ないのだ。

 「あいつ、マジで教師としての才能ないよな」と、宛先決めずにボソリと呟いてみてもすぐにペンを走らせる音に吸い込まれていく。もはや今更のことだった。


 やっとノートをとり終り(まさか10分もかかるとは)大きく背伸びをしていると、待ってましたとばかりにニタニタ顔で隣の修一が「よう大介。お前もこっちでラジオ聞かねえかラジオ」と親指を突き立てながらアピールしてきた。

 「今から丁度スポーツコーナーで甲子園予選の結果が聞けるぜ?」修一はやけに得意気だが、俺に興味があるとでも思っていたのか?答えは間違いなくNOである。

 しかし不思議なことに、修一の(詳しく言えばラジオの)周りにはどっから湧いてきたのか、男子生徒が3人囲むようにしてしゃがんでいた。

 「つーかなんでラジオなんだよ。ワンセグとかで見ればいいだろ?」無反応も申し訳ないので一応ツッコミを入れておくと、「バカだなあ大介。お前はなん~にもわかっちゃいない。ラジオだからこそいいんだろうが」とよもや格下と見下すように言い放ちながら修一は首を横に振る。    

 お前は昨日、トイレに携帯落としてぶっ壊しただけだろうが!


「どうせボロ負けだろ?相手わかってんだろ」イライラしながら俺は吐き捨てる。だけど修一は最初からそんなことはどうでもよかったらしく、ヘラヘラとムカつく笑いを浮かべるだけだった。

 本日、この晴天の中我が母校の野球部は、ご苦労様なことに夏の甲子園大会県予選第二回戦を戦っていた。ちなみに対戦相手は、昨年甲子園ベスト4まで勝ち進んだらしい第一シードの強豪校。勝算は言わずとも皆無としか言い難い。

 元々我が母校である城山第一学園は県下有数の進学校だ。国公立大学合格者多数、あまつさえあの東大合格者も珍しくはない。完全に勉学のためだけにある学校だ。

 そのため運動部は致命的に弱い。今回野球部が一回戦突破できたのも実力なんてものではなく、相手校の不祥事による棄権という名の不戦勝のおかげである。

 運も実力のうち?はは、笑わせるなよ小僧。

 ちなみに、野球部が一回戦突破したのは創立以来初めてらしく、故に勝算がなくとも二回戦に進んだことに意義があり、すでに我が母校のシナリオはフィナーレを迎えお祭り騒ぎになっていたのだ。

 ここが俺達の甲子園だって?はは、笑わせるなよ俺。

 「おっ、始まったぞ」修一がラジオのスピーカーに耳をひっつけながらボリュームのネジを回していく。徐々にノイズ音と一緒に聞こえてくるアナウンサーらしき女の声。周りの3人組はぐっと近づいて聞き耳を立てた。


『本日から甲子園大会予選は第二回戦に突入し、いよいよシード校が登場しました。中でも注目の高校が、ジャジャーン!こちらの・・・』


 それからしばし、相手の強豪校の紹介が続いた。昨年の甲子園での戦いぶりの振り返り、今年のメンバーの評価に主将からのコメントなどなど。

 おいおい、これじゃあ完全にうちがかませ犬じゃねえか。事実とはいえさすがの修一もどうやらイラついてきたらしく、徐々に太ももを叩く人差し指のスピードが上がっていった。


『それでは、本日行われた第一試合、城山第一学園との試合を振り返ってみましょう』


 やっと長い拷問のような時間が終わり、再び隣の修一を含む男4人衆はラジオにぐっと体を寄せ合って近づいた。気持ち悪いよお前ら。暑苦しいんだよ。

 付き合いきれないので下敷きでパタパタと顎下を扇いでいると、カキーンッという、いかにも金属バットが芯をとらえた音がスピーカーから飛び出した。

 ああ、これはうちの学校の打球音じゃないな。その結論に至るにはもはや映像は不必要だった。ラジオだからいいという修一の考えに、今なら俺も賛同する。

 確かに良かったな。無様な姿を見ずに済んでさ。


『・・・に続きナインの打線は大爆発!圧倒的な力を見せつけ、城山第一学園を15対0の5回コールド勝ちで一蹴。見事三回戦へと進みました。続いて第二試合、現在・・・』


 「はあ~。やっぱり負けちゃったよ大介」

 「だろうな。知ってる」俺が見向きもしないで言い返すと、修一はもう一度大きな溜息をついた。まさかと思いチラリと隣へ目を向けると、周りに居る3人もあからさまにガックリとうなだれていた。

 おいおい、マジで勝てるとでも思っていたのか?それは冗談でも笑えないぞ。

 「ま、奇跡でも起こらない限りこれが当然の結果だ」フォローになっているのかさっぱりわからないが、俺は背もたれに寄りかかりながら呟いた。修一の「まあな」という声がどこか寂しげで、ちょっとだけ切なくなった。


 「ふわあ。眠い」修一のラジオ騒動も終わり、静けさを取り戻すと今度は無性に眠たくなった。

 瞼が重い。周りの騒がしさも徐々に、睡魔によって遮られてくる。

 「眠いなら寝れば?どうせまだ時間あるし、なんだったら俺が起こしてやるよ。王子様の口づけで」意気消沈から脱却した修一が、最後にとんでもないことを口走ったような気がするが、虚ろな意識には届かず「ああ・・・よろしく~」と、俺は後先考えず素直に片手をフラフラ挙げながらそのまま机に突っ伏してしまった。

 その後また、修一がなにか言った気がするがもうなにもわからない。


 俺はそのまま、深い眠りについた・・・



ピピピッ、ピピピッ!


 それから何分が経っただろう。俺の耳に、耳障りな電子音が入り込んできた。

 修一がセットしてくれたのか?まあどうせ、本当にやばくなったら直接起こしてくれるだろうと謎の過信を抱きながら、どこか聞き覚えのある電子音を無視して俺は睡眠を続けた。

 尚も鳴り続ける電子音。いい加減止めろよ。

 イライラを募らせていく俺だったが、次に耳に届いた声がそんな苛立ちを木端微塵に粉砕してくれた。

 「大介!いつまで寝てるの?今日は塾に行く日でしょ??」地の底から聞こえてきた女の声。それは聞き覚えがある、なんてレベルで済まされるものではなかった。

 「・・・は?」俺は大きく目を見開いた。本当なら、そこには自分の腕の中に広がる暗闇が映るはずだった。

 けれどそこにあったのは、なんの変哲もないベージュ色の天井。それも塾のじゃない。『俺の家の、俺の部屋の天井』だ。

 「大介、まだ寝てるの?遅刻するわよ~」更にこだまするなんでもない『母親』の声が、俺にとってはもはやこの世のものではない恐ろしさに満ちていた。

 底知れぬ悪寒に堪えられなくなった俺は慌てて起き上がり、肩で息をしながら数秒硬直した後、充電器に差しっぱなしの携帯へと手を伸ばした。

 息が苦しい。体の底からなにかが沸々と込み上げ吐き気がする。「そんな馬鹿な・・・」ありえない、俺は心の中で何度も復唱しながら携帯の画面を覗きこんだ。


『7月23日 AM7:02』


――――ち  ょ  っ  と  ま  て 


 





この後はまだ書き溜められていないので、更新が不定期になるかもしれません。ご了承くださいm(_ _)m

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