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坂上海翔の場合

ー坂上海翔の場合


その高嶺の花について説明するのはいささか難しいであろう。

美人なのはもちろんであるが、彼女の場合それは外見の完成度具合からできているわけではない。

例えば、堅物の教授でさえも圧倒させる膨大な知識。

例えば、先輩から可愛がられるような振舞い。

例えば、後輩から頼られるような姉御肌。

万人が本当にすてきな女性だと認めざるを得ないような内面の美しさかもしれない。

いや、俺が思う高嶺の花の美しさはそこじゃない。

振り替える世の男共が、ため息ん思わずついてしまうような美しさを彼女は自信に変えている。

『私の方が綺麗でしょう?』

なんてさらっと言えるのは高嶺の花という位置に彼女が属してるからだ。

俺はそんな自信家の彼女の清々しさが好きだ。

何故かって?

本当に彼女が美しいからだ。

彼女はいつも決まって教室の窓際に腰を据える。

頬杖をついて窓に写る景色をじっと見ている。

それはどこか寂しそうな、でも儚く美しい。

遠くから見ていても見とれてしまうような、まさに花のようだ。

その席の隣はいつも空いている。

誰のための席なのか。

友人でも待っているのか。

いや、それは。

彼氏である俺だけの席。

それが事実で、たった1つの真実である。

そして、俺は当たり前のように隣に座り、彼女の横顔をずっと見つめていただろう。

本来ならば、今も。

年老いた白髪の教授が眠くなるような講義を一人で聞く必要性などなかったはずなのに。

俺の隣の席は、空白だ。



「なぁ、最近川原と会ってる?」

ギターの弦が錆びてきたので狭い部室で一心不乱に張り替えていた。

小さな机を挟みたあるバンドのスコアを暇潰しがてら流し読みしている堀田が聞いてきた。

堀田はいつも足を組み、右足の上で左手を使いリズムを取っている。

もちろんまた今日も。

「彩乃?さぁ、俺も会ってない」

顔を上げずに弦をいじりながら答える。

「え?まじ?川原と会ってないの?彼氏なのに?」

「あぁ」

「何で?どうした?」

何でかなんて一番俺が聞きたい。

俺の彼女のはずの川原彩乃は、冒頭に述べた高嶺の花、美しい彼女だ。

彩乃はここ一週間、メールも電話も無視。

今までそんなことなかったのに、突然彼女は連絡を絶った。

人生でちょっとうざいな、って感じたら確かに俺も自然消滅を画策してやったことあるけど

まさか自分がされるとは。

「海翔もフラれることあるんだな…」

堀田は唖然としてぼそっと言う。

「ざまあみろとか思ってんだろ?」

最後の1弦の音を合わせながら言うと、堀田は慌てたように話を続ける。

「まさか!だってお前今年のミスターじゃん!イケメンでさ、頭良くてさ、非の打ち所がないよ。そんなお前は恋愛で負けたことなかったのに!他の女性人は川原を恨むだろうな」

そら恐ろしい、と言ったように堀田は身震いしてみせる。

「彩乃だから出来る取捨選択だろ」

もし今の彼女が彩乃ではなかったら俺からの連絡を絶つなんてことしなかっただろう。

「まぁ確かに、川原は美人だしな。川原も負けず劣らず非の打ち所がないよな。こんな俺にも話しかけてくれるんだし」

「彩乃は人当たりがいいからな。あの堅物の俺の母親にも気に入られたぐらいだから」

「それはすげえ。さすがだな」

堀田は心から感心しているようだった。

素直で正直な堀田らしい愛すべきバカ。

「堀田から見て彩乃ってどんなイメージ?」

ギターを横に置いて俺は堀田に聞いた。

「イメージ?そうだな…」

堀田は少し時間を置いて考えた。

それを辛抱強く待つ。

「常に新しい世界に行こうとしてる人、かな」

「何だよ、それ?」

「なんか川原って振り返ったりしてる感じしないよ。俺みたいにベランダでぼーっとしてるようなことなんて無さそうだし」

堀田はそう話なから何かを思い出してるかのように話していた。

それはどちらかというと羨望、憧れのようだ。

「お前、彩乃に惚れてんの?」

堀田は突然飲んでいたお茶をつまらせて咳こんでいた。

「何でそうなんだよ!?あり得ないって!!川原は海翔の彼女だろ?俺がもしそうだとしたらこんな平和に話せるかっ!!」

と、捲し立てるように息継ぎなしに話始めた。

俺は何故か笑いが止まらなくなり腹を抱えた。

「ははは!!!だよな!冗談だよ。もしそうであったら正直に言って欲しいがな」

水を流し込み、気分を落ち着かせる。

「あれだよ、憧れ。高嶺の花に対する羨望の塊」

堀田は照れながらはにかんで言った。

堀田みたいな男は大学内にたくさんいるだろう。

他学部他学科、みんな堀田みたいな羨望をぶら下げて彩乃を見ているはず。

それが高嶺の花故の宿命だから。

「そろそろ行かね?授業が始まる」

堀田は壁にかかった時計を見ながら言った。

俺たちは部室を出ると、お昼休みも終わり構内は人でごった返していた。

きゃあきゃあ言ってる女共の間を縫うように潜り抜けていた。

「お、小林、久しぶり!」

小林と呼ばれたその男はすらっとした身長をしていて、特に目立つわけでもないけども、そこそこ女子から一目置かれてそうな雰囲気を持っていた。

例えるならば学級委員をやっそうな真面目で冷静な男だ。

小林は堀田を見ると軽く手をあげ、すぐに建物の中に入ってしまった。

堀田はそんなことは気にもせずただ満足そうに笑っている。

「今の誰?」

「あぁ、海翔は会ったことないよな。最近、俺、インターンシップ行ったじゃん?商社の。その時同じインターン先でさ。仲良くなったんだよ。学部はね、確か経済学部だよ」

俺たちの学部は法学部で、経済学部とはなかなか会う機会がない。

そんなことだから堀田が誰にでも話せる人懐っこい性格をもってしても会わない!ましてや仲良くなるなんて不可思議だと思っていた。

「ふーん。いかにも真面目そうだな」

「それは言えてるよ」

堀田は笑いながらまた歩きだした。


***

噂は、すぐに教室を埋め尽くした。

俺が彩乃と別れた、という不確定の事実は全く関係ない者同士の間で着実に実をつけている。

噂が噂を呼ぶのに、川原は相変わらず俺の前にはあらわれない。

噂は当事者を遠ざけて、関係のない人だけがはびこる世界から遠ざかるには、どうしたらいいのか?

突然部室のドアが空いて誰かが入ってきた。

ギターをいじっていた手を止めて、入り口を見た。

あの日急にドアを開けて俺の前に現れた彩乃のように。

もしかして、を繰り返した気持ちをぶら下げてドアに向かった。

「坂上」

「伊藤?」

「お久しぶりです。はい、学友会からのお知らせ」

伊藤と呼ばれたその女は学友会という名の生徒会。

サークルや部活の敵。

一枚の紙切れを受け取り、一通り目だけを通してはみたけど、すぐにポケットにしまった。

「ちょっと、授業は?」

ちらりと伊藤が時計を見ると午後一の授業中。

「サボり。伊藤こそ」

「私は休講よ」

すると伊藤は部室を見るなり机の上に目をやる。

「あ!!あのCD返して!」

伊藤はずんずん部室に入った。

伊藤は昔からこんな風にずかずかとプライベートスペースに入ってくる。

「あのなぁ」

伊藤はお目当てのCDを見つけると家にいるように座る。

女らしくないかもしれない。

でもそれが逆に楽だったりする。

俺の中で伊藤は女ではない。

いや、決して悪い意味ではなく。

「うわー今度これやるんだ?大丈夫なの?」

「こんなの難しくねぇよ。俺はサークルの中で一番ギター上手いんだぜ」

と、伊藤が見ていたスコアを取り上げて、サビのメロディラインを弾いて見せる。

伊藤は少し聞き入ってるのか何も言わない。

アジアンカンフージェネレーションのソラニン。

「たとえば、ゆるい幸せが、だらっと続いたとする」

「きっと悪い種が芽を出して、もう、さよならなんだ」

いつもより高い声の伊藤が歌を続ける。

俺は特に止めることなくサビを終えた。

以外にも伊藤がきれいな澄んだ声を持つ。

そんな声は女だからできる。

こんなところで伊藤を女性だと思う。

「意外と元気そうじゃない」

「え?」

「変な噂に心酔してないか、心配してたのよ」

伊藤はCDのジャケットを眺めながら、こちらを見ずにさらっと言い残した。

「伊藤、そういうの心配してくれるんだな」

ギターを弾いてた手を止めて少し顔を近づけた。

それでも伊藤はあんまり避けたり、最早照れたりすらしない。

今まで会ってきた女の子でもこんな平然としている人などいない。

「彩乃ちゃん、まだ連絡こないの?」

俺は少し離れて椅子の背もたれによりかかる。

「来ない」

足を組んで窓の外を見る。

少し太陽は低くなって日差しが遮る。

「彩乃ちゃんがそんなことしないよ」

伊藤は少し大きな声を出して、その時初めて俺の顔を見た。

何も持ってない手が固く握りしめられる。

「俺だってそう思いたいよ」

思わず目線を落として彩乃がいたときのことを思い出す。

この部室にもよく来ていたけっな。

今、ちょうど伊藤が座っているところにいたはずだったんだ。

「でもそういうわけではない」

伊藤は何も言わずに、ただ俺を見た。

伊藤の目には何か不安を彷彿させる色が見える。

「坂上、変わった」

「俺が?」

「一人の女の子に心酔するなんて」

「彩乃は特別なんだよ」

伊藤は何も言わずにまた俺を見た。

「まぁ、いいわ。坂上ご参ってないだけ安心したし」

伊藤は立ち上がり、スカートの裾を整えた。

大きく背伸びして窓の外を見た。

「あ」

その声に顔だけあげる。

「綺麗な空ね」

空が清々しい青で空気が澄んでる、それが見て分かる。

どこまでも透明なそんな空。

ふがいない時には答えるような空。

俺にはぴったりな空だった。

あのとし、あぁしてれば。

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