最終話
週が明けた月曜日。空はどんよりと曇っていた。カズヤが六年二組の教室に入り、自分の席にランドセルを下ろす。するとそこへ、ミサトが声を掛けてきた。
「カズヤ、おはよ。」
「あ、あぁ、おはよ。あれからどうだ? 何か進展とかあったのか?」
その言葉に少し俯いた表情になるミサト。ミサトのそんな表情に不安を抱き、カズヤが声を掛ける。
「どうした? 何かあったのか?」
「…実はね、あの後、帰り道で不思議な二人組に出会ったの。」
「へー、どんな?」
「一人は年齢二十代後半くらいで、金髪で、紺の作務衣を着ていたの。外国人風の男の人でさ。どう見ても住所不定無職っぽいのに、何か職業は画家とか言ってたの。」
「何だそれ。」
「でね、もう一人は何と、人間じゃなくて妖精なの! 妖精! ティンカーベルみたいな! 何かエメラルド色の服を着て背中に四枚の羽が生えているの!」
急に声のトーンを高くして、喋り始めるミサト。ミサトの話す荒唐無稽な内容に、カズヤが呆れた反応を示す。
「…おい、お前、それはウソだろ?」
「ホントなんだって! で、その人達に今回の事を相談したら、この爆弾みたいなのを手渡されたのよ。」
鞄に手を入れて、カズヤの机の上に爆弾のような物をゴトリと置くミサト。机の上に置かれたそれを見て、カズヤが今まで我慢していたツッコミを、ようやく開放した。
「めちゃくちゃ不審者じゃないかぁーーー!」
カズヤのリアクションに、クラス中の視線が集まる。
「いいか、ミサト。そんなものはすぐに返してきなさい。もし返すのが無理なら、すぐにでも警察に届けに行きなさい。変な人達に爆弾を渡されたって言えば、警察もすぐに動いてくれるから。」
「大丈夫だって。ほら、ここに赤字で『品質保証』って書いてあるし。」
(……手書きだけどな。)
その一言は、そっと胸の内に閉まったカズヤだった。
「で? これをどうしたらいいんだ?」
「何でも、その画家さんによると、今回は誰かの未練が大きく関係しているようだから、まずはその未練を断ち切る必要があるんだって。」
「ふーん。」
「でもどうやら断ち切る前に、まずはその地縛霊の張っている警戒線を解いて、彼の心の内を聞かなければならないらしいの。」
「それでこの爆弾ってわけか。」
カズヤが椅子に座り、机の上に置かれた爆弾を手に取ってまじまじと見つめながら答える。
「そう。その画家さんの話だと、このままもう一度、真夜中の図書室に行っても前回と同様、彼の警戒線に跳ね返されてしまうだろうから、まずは入った直後にその爆弾を投げ入れて、彼の警戒線を解かなければならない、という事らしいわよ。」
「随分とワイルドな解決方法だな。」
「それとね、あともう一つ貰ってきたんだけど…。」
「まだ何か貰ってきたのか?」
「ただ、これの意味が良く分からなくて…。」
そう言いながら鞄の中から、その手渡された物を机の上に置くミサト。置かれた物は、何とマイクだった。
「何だ、これ? ただのマイクじゃないのか?」
カズヤがマイクを手に取り、不思議そうに眺める。
「その画家さんが言うには、そのマイクは『ゴーストスピーカー』と言って、思い描いて現れた幽霊と、直接会話する事のできる特別なマイクらしいの。」
「へぇー……………。分かった。もうツッコまない。何もツッコまないから取り敢えず話だけでも聞かせてくれ。質問はその後にするから。」
両手を挙げ、降参するポーズを取るカズヤ。その反応を見てミサトが説明を続ける。
「うん、このマイクはね、出てきた幽霊にマイクを持たせる事で、その人が何を言いたいのか、喋らせる事の出来るマイクらしいわよ。ただ、このマイクは一人につき一本しか有効範囲を持たないっていうのが気に掛かっていて…。」
言い終えて、再び俯きがちになるミサト。ミサトの言葉にカズヤも反応を示す。
「何だ、そりゃ? 今回俺らが話を聞きたい幽霊は、男の子と女の子の二人いるっていうのに、一本だけじゃ必要な本数が足りないじゃないか。おい、ミサト、お前ちゃんとその人に説明したのか?」
「勿論したよ! ただ、画家さんは、今回はこれで大丈夫って…。」
「一体、どういう事なんだろうな…?」
二人が揃って思案顔を浮かべていると、後ろから誰かが近付いてきた。担任の佐藤だった。
「はい、カズヤ君、ミサトさん。始業のチャイムはとっくに始まってますよ?」
二人が声の方を振り向くと、佐藤は怒りに満ちた笑顔を浮かべていた。佐藤のこの顔が一番不機嫌な顔であると知っている二人は、少しばかりの苦笑を浮かべ、早急にお互いの席へと座っていった。
「はい、みなさんおはようございます。早速ですが、カズヤ君とミサトさんは放課後、職員室まで来て下さい。その、爆弾のようなものとマイクのようなものは、先生が放課後まで預かっておきます。」
いつもと変わらぬ淡々とした口調で、佐藤がホームルームを始めた。
放課後。二人は担任の佐藤の机の前に立たされていた。佐藤が爆弾とマイクを机に置き、二人に話し掛ける。
「さて、これは一体どうしたのですか?」
丁寧でありながら、冷徹に満ちた声が職員室に響く。その問い掛けにカズヤがゆっくりと口を開いた。
「一昨日、ミサトさんが知らない人から渡されたそうです。」
その言葉を受け、佐藤は視線をミサトに向ける。
「本当なのですか? ミサトさん?」
ミサトは黙って頷いた。ミサトの反応を見て、佐藤が椅子に大きく背凭れる。そして一息付き、口を開いた。
「分かりました。どうやらあなた達には直接関係が無いようなので先生の方で警察に連絡しておきましょう。ですが、いいですね? 学校に、このような不審なものを持ってきてはいけませんよ?」
黙って頷く二人。しかし内心、二人ともこのままではマズいと焦っていた。なぜなら、ここで佐藤に画家から譲り受けたアイテムを処分されては、もう二度と事件解決の糸口が掴めなくなると考えていたからだ。そこで、ミサトがたまらず声を上げようとしたその時、彼らの背後から別の先生が声を掛けてきた。
「おや、相川君、なんだい? その爆弾とマイクみたいなものは?」
二人が視線を向けると、教頭の鴻上が、佐藤の後ろから机の上を眺めるようにして覗き込んできた。鴻上の年齢は五十代後半。白髪まじりの薄い頭髪だが、愛嬌のある性格で、生徒達から随分と人気のある先生だった。例えば、担任の佐藤が急な用事などで学校を休む場合には、この鴻上が彼らのクラスの授業を受け持つ事もあり、カズヤ達生徒からして見ても、この鴻上はとても頼り甲斐のある心強い先生だった。そんな鴻上に対し、佐藤が頭を下げながら答える。
「あ、すみません、鴻上先生。どうやらこの子達が、見知らぬ男からこんな奇妙な物を渡されたようなのです。」
「ほう。」
机の上の爆弾とマイクを手に取り、まじまじと見る鴻上。そこへミサトが声を掛ける。
「あの! 鴻上先生!」
名を呼ばれた鴻上が視線を向ける。
「はい、何でしょうか?」
「どうして、佐藤先生の事を『相川』って呼んだんですか?」
その質問に、鴻上が笑って答える。
「ははは。そうか、君達は知らないかもしれないね。実は佐藤先生は三年ほど前にご結婚されたのだけど、結婚する前は『相川』姓だったんだよ。つまり、佐藤君は婿養子って訳だな。」
「え? でもだったら、佐藤先生の方で呼んだ方がいいんじゃないですか?」
ミサトが続けて質問を述べる。その質問を問い掛けられた鴻上が、頭を抱えながら答えた。
「いやね、僕としてはやっぱり教え子である佐藤君は、当時の呼び名の相川君で呼んだ方がしっくりくるんだよ。いやぁ、年を取ると修正が利かなくて困るね。ははは。」
「え…。じゃあ…。」
「そう、君達の担任、佐藤君、旧姓『相川』君は、僕の十六年前の教え子だったんだ。しかもクラスも丁度君達と同じ六年二組でね。いや、僕も年を取ったね。ははは。」
瞬間。ミサトの頭に『ある仮説』が浮かんだ。勿論その『仮説』に根拠は無かったが、ある意味では運命とも呼べるような何かをミサトは感じ取り、気が付くと、その『仮説』を口にしていた。
「じゃあ、同じクラスに『太刀川玲』さんという、女の子がいませんでしたか?」
その言葉を受け、鴻上が懐かしい表情を浮かべる。
「あぁ、太刀川君か。懐かしいね。あの子はずっと図書委員をやっていてね。可愛らしい子供だったから今頃きっと美人になっているだろうよ。なぁ、相川君。」
「…えぇ、そうですね。」
少し、翳の入った表情を浮かべる佐藤。その表情を見て、ミサトは頭の中にあった『仮説』を確信へと変える。
「佐藤先生!」
ミサトが声を張り上げる。
「ど、どうしたんですか? ミサトさん?」
佐藤が虚を突かれ、驚きの表情を浮かべる。
「今日の午後九時。私達と一緒に図書室まで来てくれませんか? お願いです! きっと太刀川さんも会いに来てくれるはずですから!」
頭を大きく下げ、懇願するミサト。彼女のただならぬ対応に、佐藤もただ言葉少なげに了承したのだった。
午後九時。外は弱い雨が降っていた。カズヤとミサト、そして担任の佐藤の三人は、図書室のある校舎二階の突き当たりを目指して廊下を歩いていた。しばらくし、図書室の前へと到着すると、ミサトがドアの前で立ち塞がり、右手に画家から渡された爆弾を持って、語り始めた。
「先生。私達は四日前、この図書室に入り、そこで不思議な記憶を見ました。その記憶とは、次のようなものです。図書室の受付に一人の女の子が座っていました。そこへ、一人の男の子が一冊の本と図書カードを持って、女の子の元へやってきました。やがて男の子は女の子から図書カードを受け取ると、そのまま走って図書室の外へと駆け出してしまいました。ここまでが事実です。」
佐藤は黙ったまま何も話さない。ミサトが構わず続ける。
「ここからは主観ですが、女の子、男の子ともひどく顔を赤らめ、恥ずかしげな表情を浮かべていました。おそらく、これは私の勝手な想像ですが、この子達は、お互いの事が好きだったのではないでしょうか?」
外では小さな雨が静かな雨音を立てている。
「それから私達は、ここで見た記憶を調べていく内に、ここの記憶で見た女の子は、十六年前にこの学校を卒業した『太刀川玲』さんという女の子だという事を突き止めました。一方の男の子の方は結局分からないままでしたが、私は、もしかしたらと思い、今回ここでこの質問を先生に尋ねてみたいと思います。もし違っていたら、どうぞ遠慮なく言って下さい。」
ミサトの唇が、ついにその『仮説』を口にした。
「私達がここで見た記憶の男の子は、先生、旧姓『相川昇一』という名前の男の子ではないでしょうか?」
辺りに沈黙が訪れる。ミサトが俯き、カズヤが視線を佐藤に向ける。一分ほどしてからだろうか。佐藤が口を開いた。
「あぁ、そうだ。私『相川昇一』は『太刀川玲』さんと同じ六年二組の生徒だった。そして、私は当時太刀川さんの事が好きだった。懐かしい名を聞いたよ。もう随分前の記憶のはずなのに、今日君達からその名を聞いた途端、まるでつい昨日の事のように記憶が蘇ってきた…。」
天を仰ぎ、優しげな表情を浮かべる佐藤。そして佐藤が視線をミサトに向ける。
「それで? 太刀川さんも今日ここに呼んでいるのかい?」
やはり先生はそう考えていた。ミサトはそう思った。この事実を担任の佐藤に告げる事は、随分と心苦しかったが、やはり真実を告げるべきだと思い、ミサトはそれを口にした。
「先生。太刀川さんは、七年前に交通事故で亡くなっています。」
「そんな! 太刀川さんが? それは本当かい?」
狼狽する佐藤。そんな様子を見て、ミサトが重苦しそうに声を出す。
「はい。私達が太刀川さんの家に行った時、仏壇に彼女の写真が置かれていました。」
「なんて事だ…。」
がっくりと項垂れる佐藤。そこへミサトが次の言葉を述べる。
「さて、先生。先生は今この学校で噂になっている心霊現象の話を聞いた事がありますか?」
「あ、あぁ。勿論だよ。君達もよく騒いでいるし、他の先生方も随分と気にされてらっしゃるからね。」
「実は、私は当初、この学校で騒がれている男の子の幽霊は、何らかの理由でこの世に未練を抱えている自縛霊のようなものだと思っていました。しかし、幽霊の正体が先生の少年時代、相川昇一という男の子だと分かった時、私の中で幽霊の正体は全く別のものに変わりました。つまり…。」
そこまで言って、カズヤが何かに気付いたように大きな声を上げる。
「そうか! 男の子の霊は自縛霊じゃなくて、先生の未練が生んだ生霊だったんだ!」
カズヤの辿り着いた真相に、ミサトが頷く。対する佐藤は、馬鹿馬鹿しいといった様子で首を左右に振っている。
「はは。未練なんて、そんなのある訳ないだろ? 一体何年前の話だと思っているんだい?」
「そうですか? それじゃあ、過去の自分に未練の正体を聞いてみてはいかがでしょうか?」
そう言ってミサトが手に持っていた爆弾を高らかに上げる。
「それは…?」
佐藤がたまらず声を掛ける。
「これは、とある画家さんから貰った幽霊の結界を解く爆弾です。今からこの図書室に投げ入れて、先生の未練の具現化である生霊と対面したいと思います。いいですね、先生?」
問い掛けるミサト。その迫力に気圧されながらも頷く佐藤。そして、ミサトは図書室のドアを開け、その中に爆弾を投げ入れた。
図書室に爆弾を投げ入れると、ボンッ! という大きな音と共に、オレンジ色の粉塵が入り口の隙間から漏れ出してきた。しばらくしてドアを開けると、そこは強い光を浴びたような、真っ白に光輝く空間が広がっていた。その空間内へ、三人はゆっくりと入っていった。高さも広さも無い真っ白な空間。そこをしばらく進んでいくと、一人の女の子が図書室の窓口で、一人静かに本を読んでいた。するとそこへ一人の男の子が、一冊の本と、手紙のようなものを持って走ってやってきた。
「あ、相川君、おはよう。」
女の子が、相川と呼ばれた男の子に向かって声を掛ける。
「う、うん。おはよう。」
対する相川は随分と、しどろもどろだった。
「ねぇ、あの本読んでくれた? 面白かったでしょ?」
「う、うん、あ、あのさ…。」
「ん? なあに?」
顔を真っ赤にして何かを言おうとする相川。そんな彼の口から出てきた言葉は次のようなものだった。
「次の面白い本、紹介してよ。」
「うん、いいよ。これなんかオススメかな。あ! あとこれなんかも面白いよ。それと…」
そしてしばらくして、図書カードを受け取り、窓口を走り去っていく相川。走り去っていく途中、手に持っていた手紙がはらりと地面に落ちた。ミサトがそれを手に取り、封を開け中身を見てみる。その手紙には、一言だけ、こう書かれていた。
『お誕生日おめでとう』
そして次の瞬間には、三人は元の図書室へと戻っていた。真っ暗闇の図書室の中、強く降り出した雨音だけが大きく部屋に響いている。
「あれが、先生の未練の正体だったんですね?」
長い沈黙を終え、ミサトが静かに口を開いた。その言葉を受け、佐藤が答える。
「あぁ、あの日は丁度、太刀川さんの誕生日でね。それで僕はあの手紙を持って彼女に告白しようと図書室へ向かったんだ。しかし、いざその時が迫ると怖くなってね。結果は見ての通り、何も出来ないまま終わってしまったという訳さ。」
「でも、別に誕生日を逃してしまったからといって、それで終わりという訳ではないでしょう?」
ミサトが佐藤に反論する。
「あぁ、確かにそうだ。だが、僕は、どうした事か、あの日、お誕生日おめでとうの一言が言えなかった自分が許せなくてね。それで、もう太刀川さんを好きになる資格なんか無い。そんな事を考えるようになったんだよ。ただそれは、今にして思えば…。」
「逃げていただけだろ?」
今まで沈黙していたカズヤが佐藤に向かって問い掛ける。
「あぁ、確かにその通りだ。それ以上でも、それ以下でも無い。全く、意気地の無い話さ。」
そこまで言い終え、窓の方へ歩き始め、窓の外をずっと眺め続ける佐藤。
「しかしまさか、僕の未練が何年も経って、こうして母校で亡霊となって現れてくるとはね。ふふ。全く、困った卒業生だな。」
自嘲の笑みを浮かべる佐藤。そこへミサトが声を掛ける。
「先生。」
呼ばれた佐藤が振り向く。
「確かに私は先程、太刀川さんは、亡くなったと答えました。しかし、もう一度会えるとしたら、どう思いますか?」
「なっ…そ、それは一体…」
(どういう事だ? )と佐藤が問い掛ける間もなく、ミサトの横に青白い幽霊となった女性の姿が現れた。そう、七年前に亡くなった太刀川玲、その人だった。
「これは『ゴーストスピーカー』と言って、とある画家さんから渡された幽霊と喋る事の出来るマイクです。先生。どうか、逃げずに、太刀川さんと向き合って下さい。」
それだけ言って、マイクを太刀川に渡すミサト。太刀川はマイクを手に取り、ゆっくりと喋り始めた。
『久し振りね、相川君。』
「あ、あぁ、小学校を卒業して以来だな。本当に綺麗になった。」
『フフ。そんなお世辞も言えるようになったのね。昔はあんなに恥ずかしがり屋だったのに。』
「まぁ、僕も年を取ったって事さ。」
『もう聞いていると思うけど、実は私七年前に交通事故で死んじゃったの。驚かせてごめんね。』
「いや、いいって。あのさ、太刀川さん。」
『ん? なあに?』
あの時と同じ表情と言葉で尋ねる太刀川。そして佐藤がその言葉を口にした。
「ずっと好きだった。今日は会えて良かったよ。ありがとう。」
しばし訪れる沈黙の時。そして太刀川が口を開いた。
『こちらこそありがとう。…でもね、相川君。女の子はね、やっぱり『その時』に言って欲しいの。想いが強く高まっているその時に、その気持ちを伝えて欲しいし、受け止めて欲しいの。だから、好きだったなんて、過去形の告白はされたくないの。ごめんなさいね、相川君。』
少し困った表情をして佐藤を見つめる太刀川。そんな太刀川に佐藤は静かに笑って応えた。
「あぁ、済まなかったね、太刀川さん。」
『じゃあ、またね。』
「あぁ。」
右手を挙げ、軽く挨拶をする佐藤。そして太刀川はゆっくりと消えていった。そしてその姿が完全に見えなくなると、マイクだけが残され、静かに地面へと落ちていった。佐藤が大きく一息付き、二人に向かって声を掛ける。
「さて、夜も遅いんだから早く家に帰りなさい。」
もうそこには、彼らの担任である『佐藤先生』の顔しか残されていなかった。
「まぁ、要するにアレよね。男なんてみんな、未練がましいって事よね。」
次の日の昼休み。カレーライスを口一杯に頬張りながらミサトが語り始めた。そんな容赦の無い辛辣な言葉を浴びせたミサトに対し、カズヤがフォローを入れる。
「お前なぁ、それはちょっと言い過ぎだぞ。先生だって、そういう紆余曲折を経ているから今の先生がある訳で…。」
「カズヤ。やけに先生の肩を持つわね。はぁ。やっぱ男なんてみんなヘタレなのかなぁ?」
添えつけのサラダを食べながら大きく溜め息をつくミサト。そこへ、カズヤが語りかける。
「そういえば、お前、どの辺であの男の子が佐藤先生だって分かったんだ? 結果、上手くいったから良かったものの、もし間違っていたらとんでもない事になっていたぞ?」
「あぁ、ホクロよ。」
「ホクロ?」
「そう。あの男の子も佐藤先生も、右目の目尻に小さなホクロがあるでしょ? それで、もしかしたらあの男の子は佐藤先生なんじゃないかって思ったのよ。まぁ、確証が無かったから、正直ハラハラしてたんだけど、結果オーライだったから助かったわ。」
牛乳を飲みながら、とんでもない観察眼をさらっと披露してみせたミサト。
(俺、こいつといっつも一緒にいるけど、一体どんだけ観察されているんだ、俺?)
そんな恐ろしい事を考えつつも、今度鏡を見る時は、自分の顔の、ホクロの数を数えてみようと思うカズヤだった。
こうして、学校の怪談として騒がれた図書室の幽霊騒動は、静かに幕を閉じたのだった。
(終)




