第1話
「はぁ? 心霊現象?」
ここは、都内にある小学校の一つ、笹宮小学校六年二組の教室。給食時間中の出来事だった。二×二の四人組の席になって給食を食べているグループの中で、自分の前面に座って給食を食べていたミサトに対して、カズヤが呆れた様な声を上げた。
「そうなのよ、カズヤ。主に図書室を中心に起きているんだけどね。何でも、実際に心霊現象を見たっていう五年生の話だと、夜中誰もいない図書室で呻き声が聞こえるだとか、窓から青白い人影が外をじっと見つめているだとか言って、今結構、うちの学校で噂なのよ。知らなかった?」
牛乳パックをストローで吸い込み、視線をカズヤに向けるミサト。一方のカズヤはコッペパンをかぶりつきながら、随分と無関心な様子で応えた。
「アホらし。そんなのよくある話じゃないか。だいたいそういうのは、ほとんどが本人の見間違いか、思い込みによる勘違いが原因だろ。そんな騒ぎ立てるほどのものじゃないっつーの。」
「ふふん、でも、そんなカズヤも『これ』を見たらきっと反論できないわよ。」
そう言いながら、鞄から携帯電話を取り出すミサト。そして携帯電話を操作し、一枚の写真が映し出されたディスプレイ画面をカズヤに見せる。画面を向けられたカズヤが、恐る恐る画面に視線を移した。
「ふん、どーせそんな大したもんじゃないんだろ………って、キモッ!」
カズヤが見せられた写真に絶句する。写真には、校舎の中から、外にいる撮影者を見つめている、少年とおぼしき人間の青白い表情が克明に映し出されていた。写真を見たカズヤがミサトに視線を戻す。
「いやいやいやいやいや…。お前これはヤバいだろ。こんなん、除霊レベルだって、マジで。早くお祓いしないと俺ら祟られるぞ。あ! 塩! 塩も持ってこないと!」
うろたえるカズヤをミサトが落ち着かせる。
「もう! 落ち着いてって、カズヤ。こんなの、ただの写メールの写真なんだから、そんなに霊力なんか無いって。」
「バカ! お前、霊をナメるんじゃないぞ? 霊はいくらでもお前を祟り殺す事が出来るんだからな? 悪い事は言わん。早くその写真を処分しなさい。」
「イヤよ。」
ミサトの携帯を取ろうとするカズヤ。対するミサトは、さっとカズヤの腕をかわし、そそくさと携帯を鞄の中にしまってしまった。しばらくして、カズヤが再び口を開く。
「で? 要するに、お前はこの心霊写真の正体を暴き出そうとしているのか?」
デザートのプリンのフタを開けながらカズヤがミサトに尋ねた。
「そうよ。」
尋ねられたミサトは至極当然と言った表情でプリンを口に含みながら答えた。そんな自信満々の様子にカズヤが首を捻る。
「そうよって、お前なぁ…。どうせ、アレなんだろ? 俺も一緒に来いって言うんだろ?」
「そうよ。良く分かってるじゃない。」
ミサトのしれっとした表情に大きく溜め息を付くカズヤ。
「でもなぁ、生憎、俺、今日習い事の習字が…」
「六年二組出席番号十二番、野上カズヤ君の習字の習い事がある日は、水曜日と土曜日の午後五時から約一時間。ちなみに今日は他に何も習い事が無い木曜日のハズですが、被告人は何かこれ以上の答弁はございますか?」
不敵な笑みを浮かべ、にんまりとカズヤを見つめるミサト。そんなミサトの表情に、カズヤが諸手を挙げる。
「…分かったよ。行ってやる。」
「ホント? ありがとう! じゃあ、今日の午後九時に校門前に集合ね。」
屈託の無い笑顔で謝辞を述べるミサト。ほとほとこいつには敵わない。そう思うカズヤだった。
夜。午後九時少し過ぎ。初夏に入り、朝夕も大分過ごしやすくなったとはいえ、やはりどこか肌寒い感じがした。校門の所でカズヤが待っていると、ミサトが道の向こうから走ってやってきた。
「ごめーん! 待った?」
ミサトは可愛らしい青のワンピースを身に纏いつつも、背中のリュックにはスコップやら懐中電灯やら、何やら物騒な物が沢山詰まった黄色のリュックサックをもっさりと背負って現れた。
「いや、そんなには待ってねーよ。つーかお前凄い荷物だな、それ。今からどっか戦争にでも行くのか?」
「うん、まぁ備えあれば憂い無しって言うしさ。何も無いよりはいいでしょ。」
「幽霊がビビって逃げなけりゃいいけどな。」
「よーし! じゃあ行くわよ!」
威勢の良い掛け声と共に、ミサトは校舎へと歩き出していった。校門をくぐり、運動場を歩いている所でカズヤが声を掛ける。
「おい、ミサト。」
「ん? 何?」
呼ばれたミサトが振り向いた。振り向いた顔は実に楽しそうな顔をしていた。
「校庭くらいならこうして入れるんだけどさ。校舎はどうするんだ? さすがにドアとか全部閉まってると思うぞ。」
カズヤの正論を受けたミサトはチッチッと唇で音を立てて、突き立てた右手の人差し指を左右に揺らした。
「ダメだなぁ~、カズヤ君は。君、仮にも六年間この学校に通っているんだろ?」
(何でそんなに上から目線なんだよ。)
カズヤはそう思いながらも、ミサトに尋ねる。
「じゃあ、何か方法があるってのかよ?」
「えぇ。こっちよ。付いて来て。」
駆け出すミサト。カズヤは心配に思いながらもミサトの後をついていった。
「ここよ。」
その場所に到着したミサトが、高らかにその場所を指差す。
「ここって…。」
「そう。女子トイレの窓。今日、下校時刻ギリギリにここのトイレに入って、窓の鍵を開けておいたの。閉まってなければいいけど…。」
そう言って窓の縁に手を掛けるミサト。ミサトが窓を動かすと、窓がゆっくりと開いた。
「ビンゴ。入れるわ。じゃあ、先行くから。」
あっさりと不法侵入を宣言し、壁脇にある水道パイプに手を掴むミサト。それから右足を壁に掛けて、勢い良く蹴り上げる。自分の胸元くらいの高さにある五十センチ四方の窓のサッシに左足を掛け、さっと窓の中へと入ってしまった。
「ねぇ! 先に荷物こっちにちょうだい!」
窓の内側からミサトの声が聞こえる。カズヤが側に置いてあるリュックサックを持ち上げ、それを窓の上まで持ち上げた。
「ありがと。」
ミサトがそれを受け取り、荷物を下へと降ろした。
「ほら、カズヤも早く来なさーい!」
中からミサトの声が聞こえる。
(……お前、さっきパンツ丸見えだったぞ。)
顔を真っ赤にしながら、カズヤが水道パイプに手を掛けた。
「…静かだな。」
女子トイレを抜け、誰もいない廊下を見回しながらカズヤがぼそりと呟いた。
「まぁ、そりゃ、こんな時間だからね。はい、カズヤ。これ、持って。」
リュックから取り出した懐中電灯をカズヤに手渡すミサト。カズヤがそれを受け取る。
「おぉ、ありがとう。じゃあ、さっそく行くか。」
懐中電灯を受け取り、早速歩き始めるカズヤに対して、突然ミサトがカズヤの首を掴む。
「ちょっと待って。カズヤ。」
首を掴まれたカズヤの上体が揺らぐ。カズヤが怒りの表情を浮かべながら振り向く。
「おい、何すんだよ、ミサト!」
「そこ、警備線が張られている。」
「は?」
「つまりね。カズヤが今歩こうとした所は、防犯カメラの映像範囲なのよ。もし、私達が今日こうして忍び込んだって事がバレたら後で絶対怒られるだろうから、カズヤは絶対に、迂闊な行動を取らないで。分かった?」
「でもなぁ。どこが防犯カメラの映像範囲内かなんて、生徒の俺達にそんなの分かる訳ないだろ?」
「大丈夫よ。私が全部調べてあるから。どこが映像範囲内で、どこが映像範囲外か。全部この頭にインプットしてある。だから、カズヤは余計な事をしないで、私の指示に従うようにしてくれれば大丈夫。」
(忍びか、お前は。)
カズヤが心の中で脳内ツッコミを入れる。一方のミサトはその間も只管、事前調査情報を語っていた。
「ちなみに今日の警備員さんは、丸山さんと言って、校内で勤務している三人の警備員さんの中でも、最もユルい警備を行なっている人ね。おそらく今は警備室で、木曜洋画劇場を見ているだろうから、少なくとも十一時近くまでは見回りには来ないはずよ。ホント、今日が片岡さんじゃなくて良かったわ。」
(じゃあ俺は、片岡さんが良かったな。)と言うと、ミサトが怒る気がしたのでカズヤは黙っておいた。
「さ、行くわよ。」
壁の縁を縫うようにして、ミサトがひっそりと歩き始めた。
「ここが問題の写真が写されていた図書室よ。」
校舎二階の突き当たりにある、図書室の入り口の前に立つカズヤとミサト。ミサトが例の写真が写された写メールを眺めながら語り始める。
「この写真を撮った五年生の女の子の話だとね。その子は丁度その日、夜遅くまで生徒会の活動をしていたらしいの。それで午後八時過ぎくらいにようやく仕事が終わって、急いで帰ろうとした時に、ふと図書室の窓を見上げると、この写真の男の子がぼやぁ~って窓に浮かび上がっていたんだって。」
「へ、へぇ~っ…」
話を聞いていたカズヤの目は終始空ろだった。
「…あれ? カズヤ、怖い?」
「こ、怖くなんかねぇよ! お、お前こそ早くこのドア開けろよ。…俺ら、かれこれもう十分くらいずっとこうしてるぞ。ほら、早く!」
「え! いや、やっぱこういうのはさ、男の子がやるのが自然って言うのかなぁ? ほら。私だって一応か弱い女の子じゃん?」
(パンツ丸出しで窓に乗り込むヤツの、どこが女の子らしいっつーんだよ。)
そんな事を考えるカズヤだったが、ここで踏みとどまっていても埒が明かないため、仕方なくドアのノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開閉方向へ移動させようとした。ドアに小さな隙間ができ、ドアが大きく開かれようとしたその時、二人の意識はどこか遠くへと飛ばされた。
二人の脳内に不思議な記憶が流れ込んできた。
図書室の窓口で受付をしている女の子。そこへ、一冊の本を持って駆け寄ってくる男の子。
男の子は顔を赤らめながら、その女の子に図書カードを差し出した。
女の子も顔を赤らめながら、その男の子に図書カードを渡し返した。
図書カードを受け取ると、男の子は走って図書室の外へと出ていってしまった。
そこで、記憶はプツリと途切れた。
「こらっ! 君達! こんな所で寝ていちゃダメじゃないか!」
その声にハッとし、二人が目を覚ますと、そこはドアの閉まった下駄箱の外だった。
「あれ? ここは?」
カズヤが呆けた様子で辺りを見回す。隣には同じく呆けている様子のミサトが座っていた。ミサトのすぐ脇には来る時持ってきた荷物も置いてある。目の前には、『丸山』と書かれた名札を付けた警備員が、携帯ライトで自分達を照らしていた。丸山がカズヤの右頬を軽く二回叩く。
「目が覚めたかい?」
「…え、えぇ。」
曖昧な返事をするカズヤ。
「じゃあ、もう急いで帰りなさい。木曜洋画劇場もすっかり終わって、今は十一時過ぎだ。さすがに親御さん達も心配しているだろう。」
「…は、はい。ありがとうございます。」
すっと立ち上がり、ミサトの手を取るカズヤ。対するミサトは、まだ朦朧としていた。
「大丈夫かい? 家まで送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です。それでは、おやすみなさい。」
丸山に一礼し、二人は校舎の外へとゆっくり歩いていった。
学校近くの公園。煌々と付いたライトの下で、カズヤとミサトがベンチに腰を下ろしている。
「…見た?」
恐る恐るカズヤが尋ねる。
「…見た。」
ミサトが前をぼんやりと見ながら答える。
「なんだってんだよ、あれはぁーーーーーーー! もう、めちゃめちゃ怖かったっつーの!」
緊張の糸が切れ、大声で叫ぶカズヤ。
「ホントよね。ナニ? あの記憶? 何でドアを開けたら、あんな記憶が脳内に流れてくるのよ! ありえないっつーーーーーのぉーーーー!!」
こちらも深夜だと言うのに人目を憚らず、大声で叫ぶミサト。しばらくお互い、思いの丈を吐露してから、ようやく二人は落ち着きを取り戻した。
「…で? 結局あの記憶はなんだったんだろうな?」
近くの自販機で買った炭酸飲料を飲みながら、カズヤが問い掛けた。問い掛けられたミサトがレモンティーを飲みながら答える。
「…普通に考えると、あの記憶の中にいた男の子が、この心霊写真の男の子って事になるわよね。じゃあ、この男の子は現世に留まっている自縛霊か何かなのかしら?」
「まぁ、普通に考えるとそうだろうな。ただ、そうなると、あれだけ強烈な力を持つ自縛霊は、俺らには手の打ちようが無いぞ。誰か専門の霊媒師とかを呼んだほうが良い。」
「…そうね。」
俯き、黙ってしまうミサト。
「とりあえず、今日はもう帰ろうか。明日も学校があるんだし。」
「…うん。そうだね。」
「じゃあ、また明日。」
「うん、また明日。」
こうして、不思議な体験をした夜は静かに暮れていった。




